藁苞公園
安良巻祐介
朝、果実と牛乳で簡単な朝食を取った後、軽い運動も兼ねて、近所へ散歩へ出かけた。
家の前の道からずっと行ったところにある、狭苦しい三角公園のベンチに座り、持参した熱いほうじ茶をすすった。
そのまま暫し呆けたのち、ふと薄い朝もやのかかった公園の入り口の方へ目をやると、人影が立っていた。
ふらふらと、酔っ払いのような足取りでこちらへ近づいてきたのを見れば、それは、巨大な藁人形であった。
大人の男くらいの背丈の、藁で出来たヒトガタが、ザシザシ…と音を立てながら、動いているのである。
ほうじ茶をゴクリと飲み下したのち、自分の頭を叩いてみたが、夢ではないらしい。
呆れてそのまま見守る俺の前で、藁人形は、藁苞の顔を振り振り、公園で唯一の樹の前まで行き、そこに寄り掛かると、ふところから――と言っても服を着ていないので、胸の藁の間に手を差し入れて、そこから――ぴかぴかと光る出刃包丁を取り出した。
それは、朝もやのぼやけた景色の中にあっては、うっとりするくらい青く艶めかしく、ギラギラと輝いて、鮮やかな印象を見るものに与えた。
藁人形は、その艶めかしい包丁を掲げると、樹に寄り掛かった自分の頭目がけて、躊躇いなく振り下ろした。
どつ。
藁人形の頭を貫通した包丁の刃は、背後の樹の表面に、小気味のいい音を立てて突き立った。
そうしておいて、もう片方の手に、いつの間にか握っていた金づちで以て、藁人形は、包丁の柄を、トントン、と叩く。
ああ、何かしらを呪詛しているのだな、とはわかったが、その所作があまりに厳かで丁寧なので、相変わらず見惚れることしかできずに、俺は、丑の刻参りなどの呪詛行為においては、呪詛を目撃されたら目撃者を殺さないといけないという、基本的なルールをも忘れてしまっていた。
今こうして、ジャージ姿に、ほうじ茶の魔法壜を提げたままの、間抜けな格好で、公園ベンチに縛られた「幽霊」となっている身の上には、そういう事情があるのです。
俺は刺殺されたのです。ええ、犯人は、近所の一軒家に住む未亡人でした。
夫に逃げられて自暴自棄になり、この三角公園まで出てきて、たまたまそこにいた無関係の被害者――つまり俺の事を通り魔的に殺した、と新聞などには書いてありますが、俺にはあくまで、厳かな藁人形の姿に見えていたのです。そこに、いい加減さや、ましてや、通り魔の気配なんて、みじんもありませんでした。
インタビュウなどでも、呪いの事については触れていないらしいですが、それは当たり前ですよ。
あの藁人形は、目撃者の俺を殺して、呪いを完遂したんですから。
誰にも言いたくないだろうし、言っちゃあ、いけないんですね。
だからこそ俺の命も、失われただけの意味があるってもんですよ。俺の人生哲学においてはね…。
藁苞公園 安良巻祐介 @aramaki88
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