sequence2【ひのやまのおおかみ】part3
−*−
俺は再び、あの鳥居に立っていた。時刻は16時。残り約3時間。日暮れまでには済ませたい。
アカネと親父は、再診のために病院に行っている。精神科だ。
アカネは結局、二日間ずっと放心したような状態で、物言わぬ人形のようだ。目の焦点は合わず、会話が成り立たない。乱暴をされた思春期の女子はそのような反応になるようで、何度も警察にそういった事実は無かったか確認された。何度も否定はしたが、俺だって本当のことは分からない。
アケボノ町の奥の方は、秋葉山のふもとに面している。石垣に囲われた一角に例の鳥居は変わらずにそこにあった。
明るい時間だと以前とは違って見える。記憶よりも小さな石造りのそれは伸び放題の草木に覆われていて、よく見れば確認できる獣道は、明らかに何年も人が踏み入っていないようだ。この藪の道を、夜の闇の中で進もうと思った自分の勇気に恐れ入る。俺はバックパックの肩ベルトのアジャスターを締め直した。
神前の作法その一。『鳥居をくぐる時はお辞儀をし、心の中で挨拶する』
−おじいちゃんがいつも言っていたの。ふもとの鳥居をくぐる時、神様はお前の参拝の目的をもうそこでわかっちゃうんだ、って。
俺はメアリーの言葉を記したスマホの画面を見ながら、彼女の言葉を思い出した。シュウの興味津々のキラキラアイはすごかったな。
目の前の鳥居が切り取る獣道の向こうを見つめながら、俺は深々とお辞儀をし、あの少女の姿を思い浮かべた。
−*−
俺は放課後に時間を作って、湯島ナツキにスタバで会った時のことからの事の経緯をシュウとメアリーに話した。
「えっ…!それ凄すぎない…?!ナマコみたいな化け物…だからコウちゃんの様子がおかしかったのか…!てか、次の標的は私かなあ?!どうしよー!」
「なんかシュウちゃん嬉しそう…?!私は…怖いよう…ふえぇ」
メアリーもシュウも結構すんなり俺の話を受け入れてくれたのは助かった。事件の真相と、アカネの異変の原因を突き止めるため、山で会った少女(オオカミ?)に再び会うために、メアリーに神社の作法を教わったのだ。
「その女の子って神様なんじゃない?秋葉山には火の神様が居るとか聞いたことあるよ!」
「シュウちゃんって何でも知ってるね。おじいちゃんが神様とお話したってよく言ってたけど、あれは本当だったのかも…不思議だなあ」
−*−
鳥居をくぐり、藪の生茂る細い道を足早に進んだ。腰まで届きそうな夏草は鋭利で、剥き出しの手の甲は知らず知らずに切れた。しっかりとした生地のカーゴパンツに着替えて正解。二日前にエプロンと短パンで駆け回って満身創痍になった反省が活きた。
「やっぱり見覚えなんてねーな…まっすぐ進んでたつもりだったが」
スマホのGPSで確認するが、これ以上進むと山頂公園に出てしまう。この秋葉山は小さくはないが、それほど大きくもない市街地の中の里山だ。しばし立ち止まって周囲を見渡す。その時だった。
目の前に、黒くて大きな翅の蝶がひらひらと現れた。こいつは、見覚えがある。
「蝶々…そうだ、あの時も」
まるで髪飾りのようにあの少女の頭に止まった黒い蝶に似ている。
黒い蝶々はひらひらと俺の顔の前を横切り、木立の立ち込める方へと飛んでいく。よくよく見ると、獣道は二手に分かれている。
「こっちだ、って言ってるってのか…。俺もまともじゃねーな」
俺はその蝶に誘われるまま、目の前に覆いかぶさる枝を手で払い除け、道なき道を進んでいった。
−*−
その道はしばらく続いていた。木立を掻き分け、藪を蹴り、蜘蛛の巣に引っ掛かりながら進み、ひたすら蝶を追いかけた。
木立が開け、その光景に俺は息を飲んだ。それは今までの鬱蒼とした林の光景とはあまりにかけ離れていて、あまりに神々しかった。俺の目の前には石造りの鳥居がそびえ立ち、陽光を照り返して輝いているようにさえ見え、しめ縄はしっかりと結ばれている。鳥居は10畳ほどの広場の入り口に立っており、その中心から石畳の路が伸びている。
そして、その広場の奥には石畳の上に備え付けられた木製の踊り場があり、そこには毛皮のようなモフモフの絨毯が敷かれ、枕木にもたれかかりながらこちらをじっと見つめる少女。真っ赤に燃える炎のような瞳、銀色の髪に獣の耳。俺を導いた黒い蝶がひらひらと少女の周りを舞い、ケモミミがぴくぴくと動く。真紅の着物は小さな体に似合わずぶかぶかで、袖口や襟の金色が麗かな陽光を跳ね返していた。少女というより幼女だ。
えーと、神前の作法その二。『神様に会う時は住所、氏名、目的を告げよ』
「失礼します!
きっちり失礼しますを二回言って、俺は鳥居をくぐった。イメージは高校球児だ。キャラなんてこの際関係あるか。
「何じゃ貴様か…どんな男前が来るかと思うたら…山に入ったのが貴様だとわかっておったら蟲に導かせたりせんかったわ」
「お、おい、待ってくれ。話を聞いてくれ」
「少しは知恵をつけてきたようじゃな。取り繕いおって」
神様のセキュリティってそんな感じでいいのかよ…と思いつつ、俺は心の中でメアリーに感謝した。広場には少女しかおらず、あの白い犬…じゃなくて狼のハクの気配は無かった。
「今日はこちらを
「何じゃその言葉遣いは。気色悪いからやめんか」
俺はお構いなしに、バックパックを開けると厳重に封をした小箱を取り出した。まあ、ジップロックとタッパーだけど。
神前の作法その三。『
「くんくん…な、何じゃそれは」
このにおいは何じゃ…と小さくつぶやく少女の声を俺は聞き逃さなかった。明らかに興味を抱いた様子で前のめりになったこのケモミミの女神は、着物の肩がはだけちまって白く細い二の腕が露出している。食いつきすぎだろ。メアリーありがとう…!
俺はジップロックを開け、タッパーの蓋をわずかに開けると、ほのかにずんだの香りが広がった。きっと狼だから鼻が利くんだろう。取り出した時から反応してたもんな。
そう、これはうちの親父特製のずんだペーストを使った人気の”あおむし団子”だ。コーヒー、抹茶、紅茶、桜、よもぎ、きなこ等をそれぞれ練り込んだカラフルな団子をチョイスし、炊いたずんだ豆のペーストをたっぷり塗っている。なんであおむしなんて言う趣味の悪い名前なのかは知らないが。
「こちらをお供え物としてお持ちいたしました。その代わりに私めの願いを…」
「それはどうかの。ならば早う寄越せ」
はっと気づいたように、威厳を取り戻そうと着崩れた着物を直すと、少女は座り直した。もう遅いぜ。この地方にはずんだを食べる習慣はないはずだから一かバチだったが、どうやら功を奏したようだ。俺は木組みの踊り場に向けて一歩進んだ。踊り場は石造りの土台の上に建っているようだ。木特有の軋む音がする。「そこへ置け」と言われ、少女の目の前にタッパーを置いた。
踊り場は、ヒノキの香りがした。
「むぐ…これは」
一口食べた瞬間、少女の顔がほころぶのがわかった。次々に口に運んでいる。
「どうだ?うちの団子は!」
「むぐぐ…ん。まあまあじゃな。げふ。ハクの分がないじゃないか。もっと寄越せ」
少女は竹串を口にくわえながらそう言った。瞬く間に3本食っといて何を言ってるんだこいつは。
「ふん…。持ってきたのはそれで全部だ。気に入ったのなら、いくらでも提供しよう。うちのカフェの看板商品だ。その代わり、俺に協力してくれ」
「さっきの奇妙な言葉遣いはどうした。まあいい。良かろう」
−−団子の分だけは協力してやる−−そう言って、竹串をくわえながら少女は立ち上がった。というか、ふわりと浮かび上がった。
−*−
狼の耳を持つ少女は”ミツキ”と名乗った。
こうして、俺は秋葉山に住む
To be Continued...
*この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係がありませんので、本文中の表現をそのまま受け取ってしまう純粋ピュアな読者の方は、ご注意下さいませ。
”あいつ”に出会った夏の話をしよう。〜ヒノカミ探偵ミツキ・秋葉山妖怪奇譚〜 AWC (あわしー) @AWC
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