朝餉
「みなおはよう」
こう言って食堂代わりの部屋に入ってきたのは、普段着姿になった少女姫であった。
「あ、おはようございます」
「姫さま、おはようございます」
盛り付けなどの最後の準備をしていた老夫婦が、居ずまいを正しながらも頭を垂れる。
多留比も、声がした方に振り返って…………仰天した。何と、彼の姫は寝起きのぼさぼさ頭のままで、食事の席にやって来たのだ。
「おはようございます…………って姫さま、また髪をとかさずにこちらへいらっしゃったのですか?!」
「ん……? ああそういえば、忘れておった」
まだ少しぼんやりしているのだろうか。長い髪をぴょんぴょん引っ張りながら、まるで今、気がついた。というように、ひょうげた(おどけた・ふざけたという意味)顔をする。
…………何だろう。先ほどの貴族らしい威厳と気品にあふれた物言いからは考えられないほどの、この抜けっぷりは。
多留比は、盛大なあきれをため息と共に吐き出した。額に手を当てる。ひどい頭痛がしてきたような気がするのは、気のせいだと思いたい。
「ああもうっ! 姫さま、こちらへ来てください」
むしゃくしゃしてきた多留比は、主である姫を隣の部屋に呼んだ。隣室に入った彼は、青銅の鏡を鏡台に掛ける。
その姿を、姫は黙って見ていた。
やはり多留比は、いつも優しい。その変わらぬ優しさが、わたしを喜ばせる。
姫は薄く笑うと、今度は素直にその言葉に従った。
そっと部屋に足をふみ入れる。
上質な布を鏡台の前に敷いた多留比は、その上に彼の姫を座らせた後、もう一度食事部屋に戻ってきた。そして、朝餉の準備を終えた老夫婦に、謝罪の意をこめて頭を下げる。
「すみません、お二人とも。朝餉の開始を遅くしてください」
律儀な少年に、翁は好々爺の如き笑みを浮かべた。
身分もずいぶんと高いというのに、このお方は変わらない。昔から、我らを年長者として扱ってくださる。だから、姫さまも含め、お仕えのしがいがあるのだ。
「こちらは一向に構いませぬ。ささ、多留比坊ちゃん、早う姫さまの元へ」
竜の乙女は雨雲を呼ぶ ゆきこのは @yukikonoha
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