幸福ぬ・終わら(終わらぬ幸福)

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裸で抱き合うことが今はもう自然に感じる。

貴方と寝るようになったのは他に誰もいない状況に性欲を乗算したような理由でしかなかった気がするし、その後もしばらくは惰性でそれを続けただけだったと思う。貴方にしてもきっとわたしの求めに応じただけで、たとえば恋心のような、激しい想いは、お互いの心のどこにもなかった。


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たぶん今もない。

この先もない。

その機はもう、逃してしまったのだと思う。


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わたしたちは死者だから生殖ができない。

というより、個体を増やしたいだけならば人間もどきを造るように勝手に分裂すればいいのだし、なんなら男性器も女性器も自分で勝手に造ればいい。にもかかわらず貴方と抱き合いたいとか、腕を、脚を、指を、舌を、絡めたいと思うのは、わたしの性欲でしかなくて、どこにも終着しないとわかっていても、身体がそのように向かうことについて、わたしは語る言葉を持たない。


ただ、ふわりと小さく死んでしまいたい。

それを叶えてくれる貴方とずっと抱き合っていたい。


幾度かの小さな死を経て、吐精を受け、唇を重ねる。

貴方は何を考えているのか、眼を見てもちっともわからなくて、わたしの髪を撫でる手指からは愛情を感じるのがなにか不思議な感じがする。わたしからは何を伝えているかしらと、ままならない肉体をいとおしく抱く。


そうやって、わたしは、いつか世界が終わる日のことを考えている。


人々が滅んだそのあとでも、きっとわたしと貴方は生きている。世界の余りものになったわたしたちは、世界が終わって引き算されてもきっとここに残る。


そうしたら、わたしは貴方を産むから、あなたはわたしを産んで欲しい。そうやってまたどこかで生きて、また生まれて、を繰り返して、わたしたちの面影がなくなるまでわたしたちが産まれ続ける。そんな世界のことを考えている。


それは終わらない幸福だよ、とわたしは言わない。

代わりに、貴方を強く抱く。

いつか貴方を産むために、貴方のかたちを覚えるために。


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おやすみなさい。

またあした。


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余りものの音節 君足巳足@kimiterary @kimiterary

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