終われ幸福の……

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貴方は同類の話をわたしにしないね。


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白い皿に乗った得体の知れない真っ黒い塊をサーブされたって、疑問のひとつもなく口に運ぶ貴方のことがやっぱり好きなんだけど、一〇〇〇年も生きてるといちいち驚かないとか、そもそも食事とか味とかに興味がもうないとか、きっとそういうことなのも知っている。


わたしも黒い塊もとい烏賊のブイヨンで煮付けた牡蠣を、元がそうだったのだから当然眼球大のそれを、二つに割ってフォークで口に運ぶ。とろりとした食感と、ぎちぎちに詰められた海の香りが重なり、我ながらうまくできたとそう思う。


飲み込み、お酒で一度口内を流してから、もう半分を口に入れる。

使用人代わりの人間もどきが、次の皿を取りに向かうのが見える。


「慣れたものだ」と貴方が言って「そうでしょう」とわたしが返すと、「魚類以外の海棲生物も、もう十全に変身できるようになったな」って、わたしは料理の話をしているのだけど、そうは言ってあげずに「うん、そう」と続ける。


「有機物の変身に関しては才が違うのを感じるよ。あと五年もすればおれを超える。そして、生涯をかけても追いつけなくなるだろう」


「それはどうも。機械に関してはそれこそ一生追いつける気がしないですけど」


「あれはおれの趣味だからな」


「わたしのこれも趣味ですよ」


成程追いつけないわけだ、と彼は言う。

好きこそものの上手なれ、というやつだろうか。


「というか、貴方の趣味は、窃視の方で、機械は手段なのでは」


「人聞きの悪いことを……」


「映画を見るより面白いと言いながら世界中にドローン飛ばして人間観察する吸血鬼なんて、有史以来貴方だけですよ。世界一の窃視趣味です」


「生の人間も好きだが、映画も好きだよ、おれは。それに、動物を操るより楽だ。データの変換も保存も電波を介した方が容易だし、まったく人間というやつはつくづくすさまじい頭脳だ。時間ばかり余っていても、おれにはゼロから作り出すのはまるでできん」


そうですか、と、新たにサーブされたステーキを切り分ける。完璧に、表面のみの火入れをした、わたしだったもの。見れば彼はわたしより先に口に運んでいて、味わい、太り鹿じしの味がする、とか言っている。狙い通りなのだけど、わたしが太ってるみたいで少し嫌だ、と思ってしまうのは、果たしてどういう我儘か。「生の肉も、欲しければ差しあげますよ」って。果たしてこれは照れ隠しか。「変身の出来を見るには、その方がより正確だ」と言われてしまって、わたしの心は果たしてどこにやるべきなのやら。


太り鹿の味がするらしい、ピンク色の肉を口に運び、これを作る参考にした、鹿狩りのドキュメンタリーを思い出す。ある猟師が、終われ幸福のままに、と言って引き金を引く。痛みを感じるより早く、命を奪われて鹿が倒れる。命を奪われれば終われる、そういうのは素直なことかしら。

素直なのは、幸福かしら。


彼に咀嚼されるわたしだったものを想う。

ねえ、あなたは、幸せだった?



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