幸福に終わろ?

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一〇〇〇ととんで五十二年前、おれはある戦場で一度死んだ。

そしてそのまま、死ねなくなった。


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戦闘が終わるまでに三十と五回の致命傷を負い、しかし死ねないが故に生き延びてしまったおれは、面倒なので死体の真似をして誤魔化しながら、何で死ねないんだろうかと考えていた。


考えながらも、体は飢えていた。

どうも、血を欲しているようだった。


気づけば戦闘は終わっていて、周囲、生きたものはいなくなった戦場は、数百人分の血に溢れていた。食い物を残すのは性に合わなくて、おれは節操なく全部飲んだ。


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どういう原理か、飲み込めてしまった。


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そこから百年に渡り、戦いに明け暮れた。おれの誕生はある世界においては重大な事件だったらしく、ひっきりなしにおれを狙う狩人が現れた。


誕生と同時に大都市ひとつ分の血液を飲み干した吸血鬼。なるほどそう言われれば、大それたことをしでかしたような気もする。たしかにそれ以降も、おれはたびたびに現れては食事を繰り返した。


しかし、生きた人間を食事目的で殺したことはなかった。

言ってしまえば、腹が減ったから、用意された食事を食った、というだけだ。

そのはずだが、訪れる狩人は絶えなかった。

返り討ちにするたび、身に覚えのない二つ名が増えていった。


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とうとう誰も、来なくなった。


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誰も襲いかかってこない生活は気楽で、おれは旅が趣味になった。

無尽蔵の体力と暇、そして意外なまでの好奇心がそれを支えた。


すでに一世紀半に渡り生きてきたはずだったが、今思えば、この頃のおれはまるで子供のようだった。あの最初の戦場で死んだときより、なお、生まれたてのような。あの場で生まれ直したような。同時に、自分を育て直してやりたいような。


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だから旅に出た。


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十の国を旅した。

ときに友人ができ、笑い合って、

しかし別れはあり、涙を流した。


二十の国を旅した。

一夜、二夜の恋に落ちたこともあった。

しかし、人の人生まで食う気にはなれなかった。


三十の国を旅した。

新しいものを見ることが減った。

ずっと隣にいられる人はいないんだな、と、思うことが増えた。


四十の国を旅した。

はじめて、同類に出会った。


■■


ずっと隣にいてくれないだろうか、とそう告げるまで十年かかった。


いいけど、幸福に終わろうね、と、そう言われた。


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