余りものの音節
君足巳足@kimiterary
幸福な終わり。
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余りものなんだよ、おれもきみも、って、いつだったか貴方は言った。
世界がね、もて余してしまったんだ、って。
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つい先刻まで自分の左腿の一部だった肉塊にそっと牙を立てる。そうして残った血液を吸い上げて処理し、牛刀の刃元のあたりを添え、一気に滑らせて三センチ厚にスライスする。四度繰り返し、残った端切れは生のまま、味見がてら口に運ぶ。今日は鹿肉をベースにしつつも、少しさしを加えた、そのつもりだけど、さてうまくいったかしら。
もにゅもにゅと生の肉を食み、うん、おいしいね、と口角をあげつつ、指先に生やしたスパイスやハーブを、時に乾燥させ指の力で削り、時にはそのまま千切り、並べた肉に振りかける。血抜きをするにも水気を抜くにも、力任せな加工を成すにしても、吸血鬼の力は大変便利で、あらゆる料理をするのに困らない。
主菜のステーキ用の肉はしばらく置く。
サラダは配膳の前に生やした方が新鮮。
スープは昼間のうちにもう作ってある。
あとは副菜かな、何にしようね、って左腕の肉質を変えつつ考える。メインがステーキだし魚介? あ、この間NETFLIXで見たあれにしよう。牡蠣。見よう見まねだけど。
牡蠣ならカタチ的に左腕よりこっちだね、と眼球を抉り、手のひらの中でそれを転がし剥き身の牡蠣へと変身させる。えーと、あと烏賊。烏賊は内臓ごと使って、濃くて真っ黒なソースにする。だいたいプランは固まったから、片手鍋を用意し、水を注いで火にかける。ついでに、耳から生まれた蝙蝠に、デザートの余りの果物を与え、伝言、よろしく、と貴方に飛ばす。そろそろ声をかけておかないと、できあがりの時間に貴方は現れないだろうから。
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吸血鬼の最小限の定義は【蘇りを経て不死となった死者】だ、と貴方は言った。
吸血能力や変身能力は結局のところ付随品であり、陽光や十字架などの弱点もまた、ほとんどは創作上の演出に過ぎない。実際、吸血鬼とされる存在に国を跨いで共通する要素は【死からの再生と不死性の獲得】だ、って。
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「わかるか? だから君は死ねない」
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あの夜、校舎の屋上から身を投げて、わたしは一度ぐちゃぐちゃに潰れた。
それは逃避だったけど、幸福な終わりのはずだった。
なのに血だまりの中で何故かわたしは立ち上がって、ていうか全裸で、血まみれの制服に染みこんだ血液が自分にずるずる吸い込まれていくな、って、そう感じたあたりで流石に夢でしょ嘘でしょって、裸のままで屋上にもう一度向かった。
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そうやって五回身を投げても、終わらせることができなかった。
夢も、人生も。
そうしたら、貴方が現れて言った。
「君は死ねない」って。
あれって何年前なのか、前世紀だったことくらいしか、思い出せないね。
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