結婚に至るまでのあれこれ
「どこの馬の骨ともわからん奴に娘をやれるか!」
時間は少しさかのぼる。
魔王を封印し、あれこれが落ち着くまでひと月ほどかかった。
宰相のサンチョが「国威発揚のために盛大にパレードをしましょう!!」と主張し、同時に俺とローレットの婚約発表もするとなって陛下が部屋に引きこもった。
政務に差しさわりが出始めている、とサンチョに泣きつかれたローレットと一緒に陛下の私室に顔を出した。
その一言めがこれだ。
「陛下、馬の骨とおっしゃるなら、この上もなく由緒正しい馬の骨ですぞ?」
頬をぴくぴくと引きつらせながら、それでも慇懃を崩さずゴンザレスのオッサンがツッコミを入れる。
「やれやれ」
思わず口をついて出た言葉に陛下が全力でかみつく。
「貴様にも娘ができたら我の気持ちがわかるだろうよ! うう……パパと結婚するって約束してくれたのに」
「小さな子供の言うことを真に受けるとは何事ですか!」
覚えがあるのか耳を真っ赤にしつつツッコミを入れる我が婚約者殿。それでも顔色は全く変わってない当たり器用だなと思う。
思わずポンポンと頭をなでると、俺の方を振り向いてふにゃりと笑みを浮かべる。うん、かわいい。
「あ、あの……ありがと」
考えていたことが口からぽろっと出ていたらしい。今度は首から上を真っ赤にしてうつむく姿に思わず抱きしめそうになる。というか肩に手をかけていたようで……。
「貴様! 親の前で娘といちゃつくとか覚悟はできてるんだろうな?」
「ええ、妻を一生涯かけて守り抜く覚悟ならとっくに」
「ああん? 貴様のような馬の骨が守り抜けるのはせいぜいが同僚くらいだろうが?」
「呼びましたか?」
「ぶわっ!?」
唐突に陛下の背後に現れ背中に手のひらを当てるローリア。
一緒についてきてたんだけどな。ドアを開けると同時に部屋に入り込んで気配を断っていた。
「とりあえず聞き分けのない坊やにはお仕置きです」
ズダンと足を踏み込むと、背中に当てた手のひらを軽く押し込んだようにしか見えない動きで……陛下がこっちに向かって吹っ飛んできた。
「危ない!」
すっと俺の前に割り込んだゴンザレスのオッサンが左腕にぐっと力を籠めると、盾を扱うように腕を動かす。
「シールドバッシュ!」
下からすくい上げるような動きで腕一本で陛下を弾き飛ばし……天井にぶち当たった陛下はそのまま垂直落下して床にびたーんと叩きつけられた。
床に横たわったまま動かない陛下をローリアがげしげしと蹴る。というか常人なら普通に死んでいるようなダメージを受けているはずなのだが……?
唐突に陛下がむくりと起き上がった。
「……ローレットたんは渡さん!」
あまりの執念に感嘆を禁じ得ない。そう思った直後、がちゃりとドアが開く。ちなみに、魔法的な封印が施されており、このドアを開く事が出来るのは術者が設定した人物のみ。
「あなた! また変な駄々こねているんですか!」
「うごわ!? ベレンガリア!? なぜここに!」
金髪ゴージャス美女が入ってくるなり陛下につかみかかり、そのまま綺麗に十字固めを極めた。
「くぁwせdfりゅにも、p。・@ひゅいも、p。・」
声にならない悲鳴を上げる皇帝陛下。
皇后ベレンガリア陛下。王国出身で、今回の騒ぎをいろいろと収めるために里帰りをしていた……はずだった。
「うふふ、貴方からいただいた指輪のおかげですよ」
左手をぎゅっと抱きしめる様にするしぐさは可憐ですらある……重ねられた手の下には陛下の右手首があった。小刻みに力のかけ方を変えることで痛みを感じる場所を移動させている、というのはいつの間にやら俺の左側に立っていたローリアの解説だ。
「あの技のかけ方は参考になります」
どう参考にするのか小一時間問い詰めたかった。
そこで俺が気付いたのは皇后陛下の指輪である。膨大な魔力を内包した魔石には陣が刻まれていた。
「転移陣ですか。なるほど」
「いやな予感がしてすぐに戻ってみればこの有様だったのよ」
そう笑顔で告げると、皇后陛下はリチャード陛下の手に指を絡ませる。そのピンポイントで見れば仲睦まじい様子だったが、そのままがっちりと手をホールドし、「えいっ」とかわいらしい掛け声とともに体をひねった。
ボキンと何やら鈍い音が響くと陛下は泡を吹いて気絶していた。
グロッキー状態でソファに座る陛下、その膝の上にちょこんと座るのは帝国のナンバーツーにして皇帝陛下の正妃たるベレンガリア皇后陛下だ。
「うふふふ、ローレットちゃんがお嫁に行くのが嫌って、もうねえ。子供みたいなんだから」
ころころと笑う姿はそれこそローレットの姉に見えても仕方ないほどの若さというか幼さを感じさせる。
「えーっと、アルバート? それともギルバート?」
「どちらでも。ローレットを娶るにはアルバートの方が都合がいいようなので、そちらで構いませんよ」
「ふふ、ややこしいわねえ。まずは……ごめんなさいね。こんなじゃじゃ馬の面倒を見ることにさせて」
「お母さま!」
ローレットが母と呼ぶ声には全く違和感はなかった。ローレットの実母が無くなった後、ベレンガリア陛下が我が子と同じように育ててきた結果だろう。
市井にあってその話を聞き及び、皇帝一家に親しみを覚えた記憶がある。
「そしてありがとうね、この子を幸せにしてくれて」
「いや、それはこれからです」
「ふふ、そうね。期待しています。アルバート」
「とりあえず、子供は3人くらいで」
「まあ、そうよね。グラスターの跡継ぎもいるし」
「ちょっと!」
和やかな談笑は長くは続かなかった。
何やら皇后陛下が小刻みに振動している。いや、揺れているのはその椅子……あ、リチャード陛下のこと綺麗さっぱり忘れていた。
「貴様ああああああああああああ! ローレットたんのことを嫌らしい目で見るとは許さん!」
「うっさいわボケ! 惚れた女をそういう目で見て何が悪い!」
「ええ、そうよねえ。貴方だってわたくしにあーんなことやこーんなことをしたじゃありませんか」
にっこりと爆弾を炸裂させつつ、軽く体をひねっただけに見えたがリチャード陛下が悶絶する。
セリフの内容とおそらくだが腹部に肘の直撃を受けているものと思われる。
「素晴らしい。あれは東方における武術の極致、寸頸というやつですよ」
ローリアも使えなかったか?
「わたしのものはあれほどまでに極めておりません。本来身体前面に放つ力を体のひねりを利用して逆向きに放つとか素晴らしい!」
こうして、リチャード陛下を物理的に黙らせることで陛下を執務に戻すことがかなった。
ベレンガリア陛下主導で俺とローレットの結婚式の準備も進むことになった。魔王を討った英雄は、10年前のグラスター公の悲劇から逃れていた嫡子であったことで、帝都の市民はお祭り騒ぎだ。
初代陛下が封印するにとどめていた最後の魔王を討ち取って消滅させた功績は、それこそ初代の再来と言われてもいる。
「盛大にやりましょう! 王国と共和国にも招待状を出しましょうね!」
花のほころぶような笑顔でくるくると回る皇后陛下と、苦虫を大量にすりつぶして鼻から流し込まれたようなリチャード陛下の対照的な表情に、俺も苦笑いを浮かべるほかなかった。
~帝国魔法ギルド第三部土木課~魔法大学を次席で卒業した俺が、左遷された先で皇女様に実力を認められた件 響恭也 @k_hibiki
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