その後

「ククク、死を超越するのが死霊術の秘奥なのデス」

 さすがに唖然とした。陛下も苦虫をまとめてかみつぶしたような顔をしている。


「これを見ろ」

 ひらりと飛ばされた書状には、ドウマンを外交官として派遣する旨が書かれている。


「陛下が外出されていると聞きましテ、追いかけてこさせていただいたのデス。その先で事故に遭いマシテ……」

「……ということは?」

「どさくさ紛れで行方不明になってくれればよかったんだがな。エーテルの奔流に押し流されるまさにその瞬間に魔王と自分のエーテルを分離して脱出したんだとよ」

「いやア、未開拓地とはおそろしいものデスネ」

 シレっという面の皮の厚さにこっちもびっくりだ。


「……あんた相変わらずしぶといですね」

「オオ、コレハコレハ。ろーりあ様」

「化け物じみた生命力よね」

「お褒めに預かり恐悦至極デス」

「ほめてねえ! ……ですわ」

「クク、つんでれ、と言うものデスカ?」

「デレてません!」

「フフフ、わかってますヨ。ろーりあ様はそこの若者が気になっているのでしょウ?」

「なっ!?」

 ローリアが耳まで真っ赤だ。


「おい、いい加減にしてくれんかね?」

「ハハッ、コレハ失礼しましタ」

「陛下、不審者です。処しましょう」

「一応隣国の外交官なんだがな」

「気にしたら負けです」

「トリアエズ、議長からの信書デス。ご確認ヲ」

「ああ、うむ」

 差し出される書面をローレットが確認する。

 特にトラップは仕込まれていなかったのか、そのまま陛下に手渡した。


「う、むむ、むむむ……」

 ひとしきり唸った後、なぜか俺に書状を手渡してきた。

「へ? 俺が見てもいいものですか?」

「むしろ貴様が当事者だ」

「はい!?」


 書状の内容を要約すると、グラスター領のことについてだった。

 10年前の氾濫の際に、溢れた魔物のほとんどが陛下率いる軍によって駆逐された。その後は共和国や王国と協力して復興を進めてきたのだ。

 そして、そこにグラスターの生き残りが発見されたとの報告だ。


「えーっと……グラスター大公国として復興させ……はあ!?」

 グラスター大公国として帝国から分離独立させ、中立かつ緩衝地帯としたい。要するにそういうことだ。

 さらに大公には王国から第三王子が出てくる。要するに……ターゲットは姉さんだ。


「え? やだ」

 姉さんの反応はものすごくはっきりしていた。

 がっちりエドワード殿下の腕を抱きしめている。

 ちなみに、帝室の血筋なのか姉さんもメロンサイズだ。何がとは言わない。口にすればローリアに……なんでもない。

 エドワード殿下の鼻の下は素晴らしい長さだ。


「大丈夫、君は僕の妻になる人だ。絶対に離さないよ」

「うれしい!」

 はいはい、よかったねー。

 まあ、そもそもその案を丸呑みすると、帝国の一部を削って王国の傘下に入れるのと同様のことになる。


「デ、そこの若者はギルバート殿と記憶しておりますガ」

「うむ、実は事故で記憶を失っておってな。こやつはグラスターの嫡子、アルバートだ。あとローレットの婚約者でもあるのでな」

「ナルホド……では一度帰国して話し合った上でマタマイリマス」

「ああ、そうしてくれるとありがたい」

 いっそ嫌味なくらい綺麗な礼を施すと、ドウマンは出て行った。

 あとで聞いたが、初代皇帝陛下のころから生きているどころか、その前から存在が確認されているらしい。

「名前だけ継いでいるのかとも思っていましたが……あれは真の妖怪ですね」

 ローリアは心底うんざりした顔でぼやいた。


「さて、ギルバート? アルバート? まあどっちでもいいが、そういうことだ」

「一億点をもらえる働きを認めてもらえたと?」

「二億点でもいいぞ。魔王を封じた働き、抜群の功である」

「嫁は一人でいいんですけどね」

「なに、皇族に匹敵する相手ならいるぞ?」


 ゾクリと背筋に寒気が走った。

 ギギギと音を立てそうな動きで背後を振り向くと……レース付きの白いドレスに身を包んだローリアがにっこりと微笑んでいる。

「不束者ですがよろしくお願いしますね?」

「ふぁっ!?」

「帝国相談役で任命権は初代様だけだ。ある意味において我以上の権力者だぞ」

「いえいえ、わたしは忠実なる臣下ですよ?」

「そうだな。その忠誠心が帝国そのものに向いているだけで、な」

「何か問題でも?」

「いや、それでよい。それで正しい」

 

「で、お父様。わたしの嫁ぎ先はグラスター家でよいのですね?」

「ああ、同時にグラスター家の令嬢を次男の妻に迎える。グラスター家と帝室は強いきずなで結ばれる。先代の公爵は身を挺して民を守り抜いた。当代も魔王を討ち破った。伝説レベルの武勲だな」

 イイ笑顔でこちらを見るリチャード陛下。若干目が血走っている。


「さすが陛下。このことを見越してギルバート殿のことを巷間に触れ回ったのですな?」

「へ?」

 ゴンザレスのオッサンもそういえば天幕の中にいた。守るべき民の危険は去ったので、元の任務に戻ったのだろう。すなわちローレットの護衛だ。

「ギルバート殿は帝都では英雄であります。更なる武勲を上げたのはご本人の器量でしょうが、魔王の一件がなくとも殿下の婿にふさわしいと評判になっております」

「……え?」

「ですので、殿下を差し置いてギルバート殿とつながりを持とうとしているような貴族家はおりませんぞ?」

「……がっでーーーむ」

 皇帝にはふさわしくない下品な罵倒をつぶやいて陛下は崩れ落ちた。


 俺の両脇はローリアとローレットが固めている。

「えーっと、俺、まだ仕事に生きたいからさ、結婚には少し早いかなーって」

「「大丈夫(です)!」」

「いや、でもな? 俺下っ端職員だし」

「いざってなったらわたし個人の資産で養ってあげる」

「ギルドのお給料はちゃんと貯めてあります。やりくりはお任せください」

 うん、これはもう逃げられない。


「あー、グラスターの土地だがな。すまんが緩衝地帯として皇帝直轄とするぞ」

「ええ、問題ないです」

「その替わりと言っては何だが、東方開拓領を貴様にやる」

「……は?」

「寄子としてゴンザレスをつける。あとグラスター家の家臣も呼び戻してある。ついでに騎士団長も見繕っておいたぞ。ジェイスンだ」

 矢継ぎ早に放たれる言葉にいろいろと頭が追いつかない。


 それから3か月は目が回りそうな勢いだった。新領土について様々にやらなければいけないことがあり、東方と帝都を行ったり来たりする羽目になった。

 

 山頂に通したトンネルと、ふもとの関所はコンラルドを騎士に任命して丸投げした。

 通行税は帝国と山分けだ。そこから俸給を払うと、下手な法服貴族よりもいい稼ぎになっているそうだ。


 魔王を封じた平野と砦はそのまま開拓されることになった。地脈の通る土地は肥沃さを増し、10年後くらいには穀倉地帯となっている、かもしれない。

 ゴンザレスは帝国本土に領土を持っていたが、そのままこの平原を丸投げした。今回改めてローレット個人の家臣となり、皇女ローレットの領土を守る代官となったわけだ。

 帝国貴族としては降格っぽい扱いだが、実質は大きな可能性のある領土を任されたわけで名を捨てて実を取ったという形である。


 イーストタウンはジェイスンをそのまま代官に任命した。モンスターが沸いたときに適切に対応し、住民を守り抜いた功績を認めたというわけだ。

 美人の嫁を貰ってウハウハらしい。


 さて、俺の立場だが……エストラント辺境伯アルバートとなった。ミドルネームにギルバートをもじって入れて、アルバート・ギルス・エストラント辺境伯が正式な名前である。舌噛みそうだな。


 そして帝国における官職は、領土保全における全権限を与えると言われた。配下には帝国兵2000をつけられ、軍事権も持つ。

 帝国領内の整備を行う工兵軍団のトップと言うわけだ。


「閣下、帝都防壁の修繕の件で見積もりが出ています」

「ああ、すまんなクリフ。よきにはからえ」

「……具体的な指示をいただけませんかねえ?」

「お前に任せる」

「仕事をしてください」

「とりあえずこいつらを何とかしてくれんかね?」

 ビキビキビキとクリフの表情がこわばる。

 俺の執務机の隣では二人の妻が膨らみ始めた腹を撫でつつ俺にまとわりついていたのだ。


「うっさいわボケええええええええええええ。爆ぜろ、爆ぜてしまえ!」

 そんなクリフも、どっかの男爵家に婿入りしてリア充街道を驀進中のはずなんだが……、ローリアを見るとたまに理性が吹き飛ぶ。


「うふふー、ねえ、あなた。この子の名前はどうします?」

「さきにこちらの名前を決めてください、ギルさん」

 

 うん、帝国と俺の未来は明るいようだ。そう現実逃避しつつ、地団太を踏むクリフを横目に書類に目を通し始めた。


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これにて第一部完です。

読んでいただきありがとうございます。

続きはまたネタを思いつき次第となるかと思います。

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