封印

 陛下の胴は大きくえぐられており、血が激しく吹き出している。

「お父様! おとうさまああああああ!」

「……パパだ」

 息も絶え絶えになってもボケるその胆力に感嘆するが、そもそも本気で言っていた可能性に思い当たった。

「おとうさまー」

 ローレットの口調がいきなり棒読みになる。

「くっ、パパと呼んでほしかった……がく」

 っておい、マジで死んだのか……?

 陛下の身体が唐突に燃え上がった。


「うおお!?」

「義弟、落ち着け。いまにわかる」

 周囲を見ると慌てているのは俺だけだった。

 陛下の身体は燃え尽きて灰になり……そのままエーテル化して再構成される。


「なるほど。リヴァイブ(蘇生)か」


「当り前だ。保険もかけずに突貫するわけがないだろうが」

「ローレット?」

 実際人のことを言えた話じゃないが、最初に騙されたのはローレットだ。


「……パパなんて嫌いよ!」

「がああああああああああん!!」

 なんて恐ろしい。相手の望む言葉を最大限の否定を込めて叩きつけるとは。


 抜け殻のようになっている陛下を尻目に、魔王を叩きこんでふたをした地面を眺める。


「やったか……?」

 思わずつぶやいてしまい慌てて口を閉ざす。

 世の中には言霊と言うものがあって、希望的観測を口にすると必ず覆されるというジンクスがある。


「やった…‥の?」

 ローレットの一言で台無しになった。

 唐突に地面と同じ高さまで突き刺した岩の杭がしたから持ち上げるように浮き上がる。


「くっ!」

 魔力を叩きつけ圧力をかけるがじわじわと持ち上がる。


「ヌオオオオオオオオオ!」

 地中から怨嗟のこもった声が聞こえてきた。


「……なんてことだ」

 皆の視線が俺とローレットに向く。

「俺は……「言ったよな」ローレット?」

「ぱぱあ……」

 だめだこいつ。

 陛下の目じりがやばい勢いで急降下している。


「ギルバートさん!」

 そんなところに救いの手はやってきた。


「クリフ!」

「ギルバートさん、何やらかしたんですか? 地脈の乱れがすごいことになってるんですが!」

「地脈!? それだ! クリフ、どういう流れかわかるか?」

「え、ええ。砦を建てる時に調べましたから」

「案内してくれ」

 

 俺の背後ではごとごと音を立てる岩の杭を陛下がぶん殴って押さえていた。

「長くはもたんぞ?」

 なんども繰り返した言葉だが、毎回崖っぷちだった。

 

「いい加減休みをくれえ……」

 俺のボヤキに答える者は誰もいなかった。


「ここです」

 クリフが指し示す地面に手を触れると、確かに大きなエーテルの流れを感じた。

 

「よし、流れを変えるぞ」

「はい!」

 クリフに付き従ってきたギルド職員たちがばらけて陣を描く。


「そこに線を引いて、そう!」

「もうちょい右です! おっけー!」

 俺とクリフの二人が陣頭指揮を執る。職人たちがばらけて線を引き、結節点にはミスリルの杭を打ち込む。


「テストだ! 線の上に載るなよ! 退避オッケー? よし!」

「魔力流します! そこのポイント流れが悪い、修正を!」

 大規模魔法陣を描くときにミスがないということはあり得ない。だからこうやって細かくチェックを行う。

 大きく円を描いた魔法陣を分割してそれぞれのチェックを行う。

 

「エリアA問題なし!」

「エリアB修正完了!」

「エリアC間もなく……完了!」

「エリアD問題なし!」

 4分割したそれぞれのエリアのチェックを終えると、各エリアの接続をチェックする。


「AとBは問題ない!」

「AとCも問題なし!」

「C、D問題ない!」

 ぐっと親指を立てる仲間たち。俺は一瞬目を閉じ、そして告げた。


「起動(イグニション!)」

「イヤー!」

 クリフがおどけて敬礼すると、各ポイントに散った仲間が起動用の魔力を流し込んでいく。


 地面が輝いた。砦の中心部からのエーテルの流れが徐々に変わっていく。


「ふん、星をめぐるエーテルの流れに消えろ!」

 俺は最後の魔力を陣の中央から流し込む。地脈を流れる膨大なエーテルは、そのまま魔王を閉じ込めた穴に向けて流れる。


「お、お、お!?」

 フタの上に載っていた陛下が足元から来る振動にしゃがみ込む。

 目の前から地中を流れるエーテルの奔流を視認するや否や、跳躍した。


「ウ、オ、オ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 地面の底から断末魔の叫びが聞こえる。体を鎧うエーテルのほとんどを俺が霧散させていたことから、身を守ることも適わず魔王は地脈の中に消えた。


「うおおおおお!」

 そしてエーテルが流れた瞬間、吹き出した圧力で岩の杭が吹き飛んで陛下を直撃し、虚空の彼方に消えた。


「……捜索隊を出しますか?」

「いいわ、そのうちケロッと戻るでしょ」

「……とりあえず僕は王都に戻るよ。兄上の補佐をする」

「ええ、これでひと段落、かしらね?」

 ローレットの言葉に俺もへたり込む。

 

「よっしゃ酒盛りじゃああああああああああ!」

 後続部隊に紛れ込んでいたガンドルフが補給部隊を率いてきて俺たちの周囲に布陣する。

 よく考えたら原野のど真ん中で、陛下は流れ星になり、そのほかのメンバーも疲弊しきっている。

 俺たちは温かい食事をとり、兵たちに守られた陣の中で泥のように眠りについた。


 眩しさに目を開く。簡易な敷物の上で毛布にくるまっていた俺は体を起こした。


「あ、ギルバートさん。陛下がお呼びです」

「……おはよう」

「陛下がお呼びです」

 クリフの呼びかけに現実逃避しかけの頭を何とか動かす。

「……お星様になってなかったか?」

「戯れはそこまでにしてください」

「うぬう、まだ眠いんだが」

「よく生きてましたよね。でもギルバートさんがいなくなってもローリアさんは僕が守ります!」

「いなくなるの前提にするんじゃねえ!」

「いなくなってないからセーフです」

「そういう問題じゃねええええ……」


 取りあえずボロボロの服を着替え、顔を洗うと、案内の兵に引き連れられて天幕を目指した。


「ギルバートです」

「おお、入れ」

 陛下の声は威厳に満ち溢れ、娘に嫌われたとしょぼくれていたありさまは一切ない。


 天幕の中に入ると、魔王と思しき人影がいて思わずスコップを構えかけた。

「お初にお目にかかりマス。ワタクシ、共和国魔道師のドウマンと申しマス。以後お見知りおきを願いマスヨ」

 

 全身つま先から毛先まで怪しい不審人物が形だけは見事な礼を俺にしてきた。

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