直感

「……行けるかもしれん」

「え?」

 ローレットが疲労を隠せない表情で俺を見る。

 どっちにしてもそう長くはもたないことは全員が理解していた。


「何か手があるのか?」

「コアを露出させてそこに一撃加えればどうなる?」

「……一時的に機能を止めることはできるかもしれませんね」

 ローリアがいぶかしげに俺を見る。


「特級魔導士の所以を披露いたしましょう」

 意を決して陛下の前で一礼する。

「して、我らは何をすればよい?」

「……俺が魔王に接触するための援護を」


 俺の言葉に姉さんが声を荒げる。

「ギルバート、無茶を言わないの! そもそもあれだけまがまがしいエーテル体に触れたら……」


 エーテルは万物の根源ともいわれるエネルギーだ。自身の魔力と混ぜて方向性を与えてやれば、様々な働きをしてくれる。

 そして汚染されたエーテルに触れると……こちらも侵食されることがある。

 姉さんが言っているのはそういうことだろう。


 では、逆にエーテルとそれ以外を切り離すことができたらどうなる?

 魔力操作を突き詰めていった俺は、ある日その発想に至った。

 

 物質にもエーテルが含まれている。その濃度が高い物が魔石と呼ばれたり、魔法金属とか呼ばれたりする。

 魔石を産出する鉱山にはエーテルだまりと呼ばれる場所があったりして、そこには魔物が集まる。

 魔石鉱山に兵力が配備されるのはそれが理由だ。


 特定の属性とエーテルが結びつくことで、物質が具現化する。エーテルを完全に切り離した物質は……崩壊する。


「ローレット。奴のコアをの位置を解析してくれ」

「はい!」

「俺があいつに風穴をあける。そしたらお前はその中のコアを打ち抜け。できるか?」

「わたしを誰だと思ってるの!」

「よし、いい返事だ。じゃあ、いくぞ!」


「あああああああ、もう! 言い出したら聞かないんだから!」

「……それは君も同じじゃないかなあ?」

「うるっさい! いいからあたしに続きなさい!」

「イエス・マム!」

 うわー、エドワード殿下を尻に敷いてるよ。さすが姉さん。

「……お姉さま。あとでお話を聞かせてください」

「うふふ、わかってるわ。アルバートのあんな話やこんな話が聞きたいのよね?」

「はい! よろしくお願いいたします!」

「よろしくすんじゃねええええええええ!」

 

 と言っている間に魔力弾が俺たちの眼前に着弾する。出鼻をくじかれた。

 カカカカカと声の出ない哄笑を浮かべながら、皇帝への怨念だけで、その系譜につながる者を殲滅しようとする。


「なんってはた迷惑な奴だ!」

「まったくだね義弟よ」

「ギルバート、あんたには指一本触れさせないわ。だからその切り札とやらを必ずくらわすのよ!」

 

 すんごいプレッシャーだがやるしかない。


「ふははははははははははは! いくぞベフィたん!」

 すごく楽しそうな声が聞こえる。

 ベフィモスにまたがり、槍を水車のようにぶん回す陛下が魔王に向けて突進する。


「コウテイ! コロス!」

「やれるものならやってみるがいい!」

 飛んでくる魔力弾を鮮やかな槍さばきで叩き落とす。

 それでもあれを一回でも受ければ下手すれば即死、よくても戦闘不能だ。

 不敵な笑みは崩していないが、それでもどれだけ神経を削って槍を振るっているのか。

 その戦いの中でちらりと目線がこちらを向いた。

 その意味を汲んで俺は覚悟を決める。


「行くぞ!」

「「おう!」」

 

 陛下が切り開いた道を駆ける。攻撃の大半を引き受けてくれていることで、こちらへは散発的な攻撃しか来ない。


「絶対無敵、インビンシブル!」

 姉さんが切り札を切った。盾に当たる攻撃をすべて無効化する術だ。

 聖騎士にしか使えないというか、この技の習得が認められる条件である。


「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 盾を前にかざし、暴風のように飛来する魔力弾をかき分けて進む。


「次は僕だね」

 効果が切れる直前、エドワード殿下が前に出る。


「心頭滅却、明鏡止水……断!」

 東方剣術の奥義の一つ、居合斬りと後で聞いた。

 放たれた剣気が魔力弾をまとめて斬り飛ばす。そのまま魔王を直撃する。

「縮地……花鳥風月!」

 ローリアが使った歩法。脱力によって重心を落下させ、その加速を前進する力に変える。

 斬撃は四回。地水火風の属性をまとった攻撃が一呼吸で繰り出される。

 

「グガアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 動きが止まる。俺も見様見真似の縮地で距離を詰めることに成功した。


「おいおい、僕が縮地を習得するのにどれだけ苦労したと……」

 エドワード殿下のぼやきを聞いている暇はない。


 ずだんと足を踏みしめる。いつかローリアに教わった徒手格闘術の型に従って身体が動く。

「万物は流転せしものなり。灰は灰へ、塵は塵に還れ。エデュケーション(還元)」


 完成した術を展開したまま魔王の胴に触れると、そのエーテルを解析し……分解した。


「あqwせdrftgyふじm、お。p・@」

 もはや音ですらない。壊れた思念が周囲にまき散らされる。

 半ば消滅した胴の真ん中に黒曜石のような輝きを放つコアがあった。


「いまだ!」

「ファイナル・スピア!」

 ローレットの右手が付きだされる。レイピアの切っ先は過たずコアを貫く。

 ローレットの手がレイピアからはなれる。


「離脱! 全力でケツまくれ!」

「「おう!」」

 そこからは恥も外聞もない。全力で背を向けて走る。突進していた時よりも速かったかもしれない。


 背後ではすさまじい勢いでコアに縛られていたエーテルが膨張していく。


「よし! ここだ!」

 俺はあらかじめ仕込んでおいた陣を踏む。

「奈落!」

 トリガーになる呪を発動すると、魔王の足元に深い穴が開き、そのまま魔王を飲み込んだ。


 ぽかんとその穴を見つめる。数回荒い呼吸をする時間がすぎて、穴から光の柱が上がった。


 俺はその吹きあがるエーテルを操って展開し、封印魔法陣を描く。


「とわに眠れ、名もなき魔王よ」

 穴をふさぐように手をかざし、エーテルを岩の杭に成形すると、そのまま穴に突き刺した。


「ふう……疲れた」

 へたり込みそうになっていたが、背後から悲鳴のような声が聞こえる。振り向いた先に見えた光景は「お父様!」ローレットが倒れ伏す陛下に向かって駆け寄るところだった。

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