死闘

「森羅万象の息吹よ!」

 ローリアの前に立つと全力で防御魔法を展開する。

 詠唱を短縮しないと間に合わない。それほどまでに急激に魔王の魔力が高まった。


「滅せヨ!」

 右手を真下から天に向けかざす。直後に全方位へ魔力が放たれる。


 バチバチとスパークする防御壁を必死で維持する。

「わんっ!」

 ベフィモスがガシガシと地面を掘り、そこにローリアを放り込んだ。

「うきゃっ!? 何しやがりますか!? ……ってあれ?」

 

 暴風のような攻撃は地面に対して水平に放たれている。逆に言えば地中には影響がない。

 ローレットもローリアの隣に滑り込むように塹壕へと身を隠す。

 ベフィモスがその上に自らの身を投げた。


「はわあああああああああ!」

 ローレットの驚きの声が聞こえるが、今はそっちにかまっている暇はない。

 無尽のエーテルを好き放題に放出していて、攻撃が途切れないのだ。


「おい! 馬の骨!」

「ギルバートです!」

「ああ、わかったわかった。馬の骨(ギルバート)」

「ええい、なんですか!」

「数秒でいい、奴の攻撃を遮断しろ!」

「ンな無茶な!?」

「いいからやれ! このままではじり貧だ」

「全方位は無理ですよ?」

「それやれるんなら普通に反撃できるだろ?」

「たしかに!」

 俺は防御壁をVの字に展開しなおす。

 そしてそのまま魔王に近づく……距離の減少に反比例して魔力の勢いが強まる。

 それでもなんとか足を進め近寄る。


「よくやった! 10点だ!」

 俺の背後にぴったりくっついていた陛下が、跳躍するとそのまま頭上から槍を掲げて落下する。

 

「ヌウン!」

 魔力の放出をやめ防壁を展開するが、槍先は結界を貫きそのまま魔王を串刺しにする。


「やったか!?」

「義弟よ、その言葉はいかん!」

「えーっと……こうね。森羅万象の息吹よ。我が盾に宿りて城壁となれ!」

 さくっと俺のオリジナル魔法をコピーしてアレンジする我が姉と、俺のセリフにツッコミを入れながら追撃を行うエドワード殿下。


「グボアアアアアアア!!」

 魔王は絶叫する。胸を槍で貫かれ、横薙ぎに振りぬかれた剣は魔王の胴を深くえぐった。

 普通の生き物なら数回は死んでいるほどのダメージである。


「ちいっ!」

 陛下が飛びのき、姉さんの盾の背後に退避する。


「ギルバート!」

 一瞬止まってしまっていたが、その声に従い陛下の横に並ぶ。


「ごああああああああああああああああああ!」

 手をかざしてこちらに向けて魔力を放つ。

 強大過ぎる存在ゆえに、呪文すら必要がない。そもそも呪文によって方向性や属性を持たせる必要すらないのだろう。


「はあっ!」

 放出は一瞬で、いうなればバケツで水をぶっかけられたようなものだ。

 それでも姉上の防御魔法が相殺され、俺たちはまとめて吹き飛ばされる。


「なかなかに厳しいですね」

 ローリアの顔色は良くない。限界まで力を放出した反作用によるものだ。

「出力的には防げているんだがな。いかんせん、相手の力を削り切れてない。攻撃に極振りしているが、あれを守りに回されたら打つ手がなくなる」

 陛下の言葉で背筋に冷たいものが走る。


「そもそも再び魔物を操りだしたらこっちに打つ手がなくなりますね」

 のほほんとした口調でより一層質の悪い状況を説明するエドワード殿下。大物なのか鈍いのか……。

「どっちかというと鈍い方ね」

「ディアナ、それはひどい」

 ガッツリへこむが誰もフォローはしていない。


「ちなみにだ。さっきのローリアの攻撃で奴の受けたダメージは……1%にも満たない」

「アレをあと100回喰らわせるとか無理です」

「相手の密度が落ちればもう少しダメージが通るようになるんだろうが、100回が90回になるくらいかね」

「現実的じゃないですね」

「そもそも見た目上の身体を削っても、いっそみじん切りにしてもエーテルで再構築されたら元通りですからね」

「再構築……?」


 要するに魔王は俺が召喚しているベフィモスと同じような存在ということか。

 コアを砕けばあのエーテルをつなぎとめていることができなくなって霧散するだろう。

 ……霧散というか大爆発だな。あれだけの密度になれば。

 存在を維持したままで放たれる攻撃ですらこちらを十分に追い込む。瞬間的にしのいでその隙に繰り出す攻撃で徐々に削る。

 現実的じゃない。それこそ何年かかるんだ?

 放出されたエーテルは、元の場所に戻ろうとする。還流していることも考えると、常に奴にエーテルを消費させ続ける必要がある。


「うん、無茶だな」

「だよな、かといって逃げることもできそうにない」

「仮にですが、あたしたちが全滅したとして、その後どうなると思います?」

「……帝都が蹂躙されるでしょうね。帝都には歴代皇帝のエーテルの残滓があります。そしてあれは皇帝への怨念だけで存在しているようなものですからね」

「……うーむ」

 これが八方塞がりってやつか。


「幸か不幸か、帝室につながりがない人がいますよね?」

「……わたしのことですね? 何が言いたいのです?」

「ここから離脱はできますか?」

 ローレットの言葉の意図を計りかね、ローリアの目線が少し険しくなる。


「帝都に避難を指示してください。魔王のことも伝えて構いません。いざとなれば王国も共和国も援助してくれるでしょう」

「……あのヘタレにそれができると?」

 ヘタレとは帝国の第一皇子のジョン殿下のことだろう。

 武勇はからっきし、魔法も一般人並み、学問も振るわない。

 帝室の出がらしと揶揄されている方だ。


「まあ、あれだ。あやつなりにいいところはあるんだぞ?」

「親のひいき目は良いんですが、立場をわきまえましょうね?」

「ジョンに後を託すか……うぬう」

 陛下がマジで頭を抱えだした。

 ちなみに、魔王はいま霧散したエーテルの再吸収を行い、もりもりと回復中だ。


 何か手はないのか? 同じく頭を抱えていると、ベフィモスが吠えた。どうやら復活した魔王が攻撃を仕掛けようとしているようだ。


 ベフィモスと魔王の共通点、そこに活路を見出したのはその瞬間だった。

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