魔王

 俺は無言でスコップを構えた。目の前では膨大なエーテルが渦巻き、徐々に収束しつつある。

 たしかに逃げるなら今の内なのだろう。だけどそれは、再会した姉さんを見捨てる事であり、俺が俺であるための矜持に真っ向から砂をかける行為だった。


「アルバート?」

「姉さん、俺はいまギルバートって名前だ。その名前もずっと忘れていた」

「……そうね」

「ああ、それでさ。俺は魔法ギルド所属の魔導士でね、帝国に仕えてる」

「そう、そういうことね」

「ああ、守るべき民を背にして敵から逃げることはない」

「……立派になって」

 姉さんは少し目元を押さえるしぐさをする。


「その心意気やよし。帝国の武人としてふさわしい」

「エドワード殿下」

「殿下などと、水臭いではないか義弟よ」

 義弟って……この方は姉さんと共にあろうとしてくれている。だから家族としてはなすことにした。

「義兄上、わが身は騎士として叙任されています」

「ああ、父上が珍しく褒めていたのはお主のことか。納得だな」

 ほめてたのか。の割にはよくわからないハードルを課せられるわ、馬の骨呼ばわりだわ……。


「うむ、問おう。汝は何者なるや?」

 唐突に背後に現れた陛下に少しのけぞる。

 さっきまで大技使ってへたり込んでたよな?


「何者、とは?」

「重ねて問う。汝が名を聞かせよ」

「俺は……帝国魔法ギルド所属、特級魔導士のギルバートです」

「グラスターの名を捨てる、ということだな?」

「父母から伝えられた名前を捨てることはありません。しかし、今の俺があるべきは魔導士ギルバートとして在ります」

「うむ、よかろう……勅令である!」

「はっ!」

「あの魔王とか抜かす慮外者を討つのだ! 成し遂げた暁には1億ポイントを授与する!」

「謹んで承ります」

「うむ。良い顔だ。ギルバートよ、我が甥よ、帝国騎士として魔導士として、恥ずかしくない働きをして見せよ!」


「では……大地の王よ。盟約に基づき顕現せよ!」

 以前契約した時より俺の圧換えるエーテルは大きく増大している。

 直径3メートルほどの魔法陣が虚空に描かれ、馬ほどの大きさでベフィモスが顕現した。


「……なんだこれ?」

「ベフィモスの力の一端を召喚して具現化したものです」

「おい、大精霊を呼び出すとか貴様何を考えておるか!?」

「まずかったですか?」

「いや、大地のエーテルを我に流し込め。それで戦えるようになる」

「は、はあ……大地よ、その威を示せ、無辺なる慈悲を顕さん。アースヒール!」

 ベフィモスがぺしっと陛下の頭に前足を乗せ、地面から力を引き出す。


「ふおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 あふれんばかりのエーテルが陛下を満たす。

 手にした槍すら輝きを放っていた。


 そして黒い靄から放たれた魔弾を槍を振るって斬り裂く。


「ふん、不意打ちとはなっとらんな。正々堂々と戦おうではないか」

 

「が、ががががががg。コウテイ、ミツケタ……滅すぅる!」

 怨念で黒く染まった魔弾が四方八方に降り注ぐ。

「くっ!」

 自分の方に飛んできた弾はスコップにエーテルをまとわせて斬り裂く。

「きゃあっ!?」

 結界を張ろうとしてあっさり貫通され、ローレットが俺の後ろに滑り込むように回り込んだ。

「お兄ちゃん、たすけて?」

 俺は背後にローレットをかばうと、ひたすら飛んでくる攻撃を防ぎ続ける。


「全身ではなく、力を集約するのです。軌道を見切りなさい」

 ローリアはひらりひらりと攻撃を避ける。時折魔力弾を打ち返しているが、技術的にはともかく魔力はローレットより少ないローリアには攻撃のすべがない。

「……こう!」

 するっと俺の背中から出てきたローレットは自分の手のひらに結界の力を集約し、魔弾を弾き飛ばす。

「おお!」

「……難しいことを簡単にやっちまう当たり皇帝の血筋ですね。わかってはいましたけど」

 ローリアが何かあきれたような表情を浮かべる。


「ギルさん、ローレット、少し時間を稼いでください」

「なんでお兄ちゃんはさん付けでわたしは呼び捨てなの!」

「うるさい、細かいことは良いんですよ! できないんですか?」

「いったわね! やってやろうじゃないの!」

 レイピアに魔力をまとわせると左手の甲に先ほどのように盾を創り出した。


「あ、おい!」

 ローレットは雨あられと飛んでくる魔法弾の中に身をさらす。


「うらららららららららああああああああああああああ!!!」

 

 レイピアを振るって魔弾を斬り裂き、左手の盾で弾き飛ばす。バックラーのように使って雨あられと降り注ぐ攻撃をさばく。

 

「やらせんはせんよ!」

 エドワード殿下が大上段に振りかざした大剣を振り下ろす。

 物理障壁に阻まれるが、攻撃も止まった。

 攻撃を当てることはできなかったが、けん制と攻撃の妨害には成功した。そこで欲張らずに下がる。

 追撃が来るが、姉さんが割って入り、大盾を構えた。

 ガンっと鈍い音が響くが、盾を巧みに操って防ぐ。


「よくやってくれました。食らいなさい!」

 ローリアの全身が白く輝いている。

 身体を前に倒れ込ませるようにしたかと思うとそのまま加速する。

 物理障壁を張るが、そこに手のひらをピタッとくっつけ、ため込んだ全身の気を放つ。

「短頸」

 ばきんと結界が壊れ、踏み込む。

「はああああああああああああああああああ!!」

 連続して左右の突きが放たれる。突き出され、戻るたびに拳が加速され、最後は龍の吐息のような怒涛の攻撃となる。

「龍神烈火拳!」

 

 最後の一撃を叩き込むと、後方宙返りをして俺の後ろに回り込む。

「ギルさん。今のでわたしすっからかんなので、あとお願いしますね」

 そのままへたり込むと同時に魔王がすさまじい絶叫を上げていた。

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