怨念

「見つけたゾ」

 どこからともなく響いた声に、周囲を見渡す。


「気色悪い声だな。あれか? 100年くらい封印されてたらそんな感じじゃないかね?」

 リチャード陛下が能天気なことを言いつつ、槍を構える。


「父上、ご注意を」

「わかっとる」

 盾を構え、油断なく周囲を見渡すエドワード殿下と、馬上槍から武器を持ち換えた姉さん。


 無言で魔力を集中するローレットは俺の隣でレイピアを構える。

「ああ、どう考えても……魔王だよなあ」

「大丈夫。わたしがついてる」

「わたしもいますよ」

 改めて周囲を見渡す。砦は解放され、避難民が帝国兵の護衛を受けて西へと急ぎ足で歩き出した。

 数日とはいえ戦場にとどまっていた彼らの足取りは疲労もあって鈍い。

 負傷兵は陛下が持ち込んだ救援物資で何とか一息できたようだ。


「おい、馬の骨」

「それって俺のことですかね?」

「なんでもいい。来るぞ。ローレットを守れ!」

 言い終わると同時に今までと違い、黒く染まった魔力弾が飛んでくる。


「ぬうっ!」

 スコップに込めておいた魔力で弾く。


「うむ、見事。10点やろう」

「その点数になんか意味はあるんですかね?」

「満点まで溜めたらローレットの婿として認めてやる」

 その一言にパアアと表情を明るくするローレット。

「お兄ちゃん、頑張って!」

「……それは良いんですけどね。満点っていくつですか?」

「フン、一億点だ!」

「お父様!」

「パパと呼びなさい!」

 セリフはともあれ、裂帛の気合を持って槍を突き出す。

 ガキンと金属音がして、穂先が止まる。


「クク、見事デス。この私の居場所を見破るトハ」

「そのけったいなしゃべり方。ドウマンか」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情で陛下が吐き捨てる。

「皇帝陛下にはご機嫌ウルワシュウ」

「麗しくねえ!」

 腰を落とすと地面がえぐれるほどの勢いで踏み込み、雷速の突きを放つ。

 その穂先はドウマンを名乗る魔道師を貫いた。


「そうか、貴様ネクロマンサーだったな。死者を操っているわけか」

「イイエ、この身体は正真正銘私のものデス。エーテルを物質化させてるだけデスヨ」

「ちいっ!」

「消えナサイ」

 槍から手を放して飛びのくと、放たれた魔力弾をかわす。


「雷鳴よ!」

 ローレットの呪文がドウマンを襲う。

「そんな!?」

 直撃した術は防がれもしなかった。

「その程度の術でワタシガドウコウナルカト?」

 伸ばした手先に魔力が集中している。俺はスコップ面ではたいて向きを変える。


「よくやった馬の骨! 今の機転は50点に値する」

 ボケているつもりなのだろうか。

「ライトニングソード!」

 陛下はエーテルを具現化させ、光の剣で切りかかる。

 なるほど相手がエーテル体なら物理攻撃は効果が薄い。エーテルをまとわせるか……そもそもエーテルそのものを集約して攻撃すればいい。


「グガアアアア!」

 胴を薙ぎ払うと一瞬身体が真っ二つになり、悲鳴らしきものが上がる。

 それでも直後には巻き戻すかのように体がつながり、見た目上は傷一つない。


「ふふん、エーテルそのものにダメージを与えればいいわけだな」

「……帝国の皇帝は化け物デスカ」

「本物の化け物に言われる筋合いはないな!」

 その一言が合図となった。

「アストラルブレード!」

 エドワード殿下が剣に気をまとわせ斬りつける。

「うちの弟に何してくれんの!」

 姉さんが憤怒の表情でエドワード殿下と息を合わせて交互に斬りつける。


「させません」

 ローリアが魔力を込めた礫を放ち、ドウマンがため込んだ魔力を解除する。


「よし、いいぞ! 大技を放つ故時間を稼ぐのだ!」

 陛下が槍を拾い上げ穂先に魔力を集める。


「ライトニングピアス!」

 ローレットがレイピアの切っ先に魔力を集め、連続で突きを放つ。

「そんな攻撃が通じるとデモ?」

 ローリアの妨害を受け、反撃こそできないが、明らかに威力としては劣る。

「そうね。でも、こうしたらどうかしら?」

 ローレットの放った突きは一つの図形を描いていた。

「邪なる威力よ、退け! セイクリッドブラスト!」

 十字を描いた文様はエーテルに聖属性を付与し、ドウマンを包み込む。

「ブギャラアアアアアアアアアアアア!」

 よくわからない悲鳴を上げて光の柱の中で悶絶するが、その存在は全く揺らいでいない。

 アンデッドの類なら一撃で消滅させる対個体の最大級の威力を持つ浄化魔法のはずなんだが……。


「壁よ!」

 防壁の呪文を唱え、ローレットをかばうように前に出る。

 パリンとガラスが砕けるような音を立て、光の柱が砕けると、ローブがボロボロになってプスプスと煙をあげながらドウマンが現れた。


「うわー……」

 その姿はまさにアンデッドの王。頬はこけ、やせ細った姿は骨と皮。目だけが朱く爛々と輝く。


「おいおい、大丈夫か? 研究に熱を上げるのもいいが飯はちゃんと食えよ!」

 場違いなツッコミを入れたのは我らが主君だった。

「フフン、何をする気か知りませんが、山一つ使って封印されていたクリスタルを丸ごと吸収シタノデス。そうそう消滅はしませんヨ?」

「……知らねえな。初代皇帝の必殺技、必ず殺す技だ。冥土の土産には充分だろうよ」

「暗き闇の力よ。我が盾となりたまえ」

 両掌を胸の前で構える。超高密度で圧縮された魔力が集まり障壁となった。


「どれだけ高密度の魔力を持っていてもな、心臓を貫かれれば終わりだろ? 

貫け! ゲイ・ボルク!」

「ウぬ!?」

 腰だめに構えていた槍を逆手に持ち替えると……投げた。槍自体は障壁に弾かれ、カランと地面に落ちる。


 あまりに間抜けな状況に、無言の時間が過ぎる。

「……この術式を解明するとは」

 ローリアだけが感嘆の表情を浮かべていた。


「苦労したんだぜ?」

「見たいですね。褒めてあげます」

 警戒は解いていないが、それでも勝ったかのような雰囲気だ。


「槍は私の防御を貫けませんデシタヨ? 何をほざいているのデス」

 今にも高笑いでもあげそうな、愉悦を含んだ声でドウマンが言った直後に……。

「グフアッ!?」

 壮絶に血を吐いた。いや、こいつ血が流れてたのか。


「ゲイ・ボルクは古の英雄が振るった槍の名前でな。槍の形をした呪詛だ」

「相手の最大の弱点だけを攻撃するってやつですね」

「因果を逆転させ、当たるっていう結果を先取りするんだな。そのために膨大な魔力を使うんだが……」

「むしろ魔力だけでそんなとんでもない術を使うとか頭おかしいです」

 陛下の解説にローリアがツッコミを入れる。


「マズイ、マズイ、マズイイイイイイイイイ!」

 ドウマンの魔力が乱れる。おそらくエーテルを制御する真核が砕かれたため、その魔術を維持できなくなったのだろうか。


「ヤッテシマイマシタネ? 実はね、私これでも魔王を押さえてたんデスヨ。ここまでデス」

 骸骨の顔に笑みをたたえて物騒なことを言い放つ。

 ぶわっと靄に包まれると、今までとは比べ物にならないレベルの魔力が膨れ上がった。


「ニクイ、ニクイ、ワガアルジヲウチトッタコウテイ……」

 

「……あちゃー」

 陛下が頭を抱えて天を仰いだ。


「あー、封印されてたアレじゃないですかやだー」

 ローリアが俺の後ろに隠れるようにして靄を見ている。

 

「アルバート。逃げなさい。ここはお姉ちゃんが引き受けるから」

 いつか見た表情で姉さんが剣を構えた。

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