『絲』
@cidercider
44番目の結び目
| 水の滴る音がします。
「うぅ・・・。っ! ま、マイ!!」
ユイはガバッと体を起こしました。でも、周りを見てもマイの姿は無く、暗く寂しい下水道が広がっているだけでした。
「・・・マイ・・・。マイを、探さなきゃ・・・」
ユイは、立ち上がり辺りを見回しました。どこを見ても真っ暗で、ランタンが無かったら本当に何も見えなくなってしまいそうです。
「そうだ、私は・・・マイの事を追いかけてこの下水道に入って・・・そしたら急に、眠気が襲ってきて・・・」
ユイは左右を見渡しました。
「マイを、追わないと・・・」
湿った下水道の中を、ユイは一人で進んで行きます。自分の位置が分かる訳じゃありません。当然、この下水道の中がどんな風になっているのか、なんて事も全く分かりません。でも、ユイは、自然と自分が行くべき場所が分かるような気がして、歩みを進めていきました。
ズズ・・・ズズ・・・
何かを引き
「な、何・・・?何の音なの・・・?」
ズズ・・・ズズ・・・
その音は、少しずつユイの方へとに向かってきているようでした。
ズズ・・・ズズ・・・
闇の向こうに、何かの影が
ズズズ・・・ズズズ・・・
その影は、正体が明らかに人でない、図鑑に乗ってるような生き物でもないことを語っていました。影がランタンの灯りの中に現れます。丸い巨体から、どろどろとした体液を垂れ流し、異臭を放つ怪物。充血した一つ目は、どことも定まらずギョロギョロと動いています。
「ひっ・・・」
ユイは小さく声を漏らして、しりもちをついてしまいました。声に気づいた怪物の眼が、ぐるりと動いてユイを睨みます。にたぁと開いた口の中からは、沢山の人間の腕と1つの
『そぞるそぞるそぞるそぞる・・・』
怪物は、気味の悪い、声ともつかない声を発します。
「逃げなきゃ・・・早く・・・」
ユイは、立ち上がろうとしますが足に力が入りません。ゆっくり近づく怪物から、体を引きずってとにかく離れようとします。
『そぞるそぞれそぞらそぞる・・・』
怪物の、臭くて荒い息が迫ります。怪物のおぞましい腕が、今にもユイの足に絡み付いてきそうです。
「あぁ・・・そんな・・・!」
ユイが逃げた先は、行き止まりでした。振り向けば、怪物は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと迫ってきています。
「オイツイタ・・・オイツイタ・・・」
ユイの足を、怪物の腕が掴みます。足を振ったり、反対の足で怪物の腕を蹴ったりしても、怪物がユイの足を離す気配はありません。
(誰か・・・誰か助けて・・・!)
ズルズルと地面を引きずられ、怪物の大口が迫ってきます。もうダメ。ユイがそう思ったときでした。
ユイのポーチから、銀に光るこけしさんが怪物に向かって飛んでいったのです。こけしさんが怪物の口の中に入ると、怪物は口から煙を噴き上げて唸りました。
「イタイィィ・・・イタイヨォォォ・・・」
怪物は、ユイを離してのたうち回ります。
「アァコンナ・・・イタイィィ・・・ィィアァア~・・・」
苦痛に体をうねらせ、激しく暴れる怪物の頭上の天井に、ヒビが入っていくのをユイは見ました。そして。
天井は轟音と共に崩れ落ち、怪物を下敷きにしてしまいました。
「あ、あぁ。助かった・・・」
ユイは胸を撫で下ろすと、天井の瓦礫の中に、光るものに気がつき駆け寄りました。
瓦礫の中に光るものは、銀に光るこけしさんでした。
『このこけしには、特別な力がある。何かあったときの為に、大切に、大切に持っておくんだよ』
ユイの頭の中に、おばあちゃんの言葉が蘇ります。
「ありがとう。こけしさん」
ユイはそう小さく囁くと、こけしをポーチに戻そうとしました。しかし、こけしはユイの手からスルッと抜け落ちるとコロコロと転がっていき、行き止まりの壁に当たって止まりました。
「こけしさんが!」
ユイは急いで駆け寄り、こけしを拾おうと手を伸ばします。そこで、壁の下に小さな隙間があることに気がつきました。
「・・・?」
こけしをポーチにしまって、ユイは壁を見つめます。壁の下に隙間があると言うことは、これが壁ではなく扉かも知れないと言うことです。ユイは、勇気を出して、壁を押しました。
ズ・・・ズ・・・ズ・・・
壁は、鈍い音を立てて奥へ開きました。ユイは、隙間から壁の向こうを覗きます。壁の奥には、今、ユイのいる下水道よりもさらに暗く、不気味な通路が佇んでいました。
「この下水道に、こんな所があったなんて・・・」
足下の砂がさらさらと動いています。ユイの髪が、何かに揺れます。まるで通路が呼吸しているかの様に、風が出入りしているのです。
「もしかして・・・この奥に・・・」
・・・
通路には分かれ道など無く、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに続いています。けれども、もう通路に下水道の面影は無く、まるで何処か外国のお屋敷の廊下の様な雰囲気になっていました。両の壁にはランプが灯り、決して明るくは無けれども、躓くことは無い程度にユイを照らしていました。
「どこまで続くんだろう・・・」
どれくらい歩いたでしょうか。ユイは広間の様な場所に着いていました。ほの暗い部屋の中心には、机が1つあるだけで他には何もありません。
「ここ・・・なんだろう・・・」
机の上には、何かが置いてあるようです。ユイは机に近寄りました、
「これ・・・日記・・・?誰のだろう・・・」
机の上のそれは誰かの日記でした。所々傷んだそれを、ユイはつい最近どこかで見たことがあるような気がしました。
「こんなところにどうして・・・」
日記を手に取りページを捲ります。日記には、色々な事が書かれていました。お泊まり会、遠足・・・。中には、今日はとくに何もありませんでしたという日もありました。日記の最後の方は、夏休みの事について書かれていました。ユイは、それが何故かとても気になり、最後の数ページを読み始めました。
-7月20日 土曜日
今日から夏休みです。宿題がいっぱいあるけど、友だちともたくさん遊びたいです。楽しい夏休みにします。
-7月29日 月曜日
今日は夏祭りがありました。友だちがさそいに来てくれたから、いっしょに行きました。わたあめがおいしかったです。
-8月4日 日曜日
今日は友だちとさくら川の花火を見に行きました。私たちしか知らない、ひみつの場所から花火を見ました。手をのばせばとどきそうなくらい近くで見えました。とてもきれいでした。
-8月13日 火曜日
今日は夏休みさいごの日でした。友だちとけんかをしました。あやまりたかったけど、もうあやまれませんでした。
「『ごめんなさい』・・・」
日記はそれで終わっていました。ユイは、日記を机の上に戻しました。何だか、心のどこかに日記の内容が引っ掛かり、もやもやとしています。けれど、ユイには何が引っ掛かって、何が釈然としないのかが分かりませんでした。
「・・・?」
ユイは、後ろから視線を感じました。
ペタ・・・ペタ・・・
「何・・・?誰・・・?」
ユイの通ってきた通路。その奥、暗い闇の向こうから何かが近付いて来るようです。
ペタ・・・ペタ・・・
素足で歩くような、不気味な足音がゆっくりと近付いて来ます。
「逃げなきゃ・・・!」
ユイは、通ってきた通路の反対側、部屋の奥に扉があるのに気がつきました。急いで扉に駆け寄り、ドアノブを回します。
「あ、あれ!?開かない!そんな・・・!」
ドアノブは回らず、扉も開きません。
ペタ・・・ペタ・・・
足音はゆっくりと、けれども着実にユイに近づいて来ています。ドアノブを何度も回そうとし、扉を叩いても、開く気配はありません。
通路の闇の中に、うっすらと光る2つの光が見えました。紅く、煌々と光るそれは、何かの目玉のようでした。
「あ・・・あ・・・!開いて!・・・お願い!!!」
ユイが扉を叩こうとすると、ガチャリ、と音がしました。扉が開き、何者かがユイの手を引きました。扉の向こうは真っ暗で、かなり入りくんでいる様でしたが、ユイの手を引く誰かは、迷う素振りも見せずに無言で走っていました。誰か分からないけれども、触れたその手の温もりは、前にも触れたことがあるような気がして、ユイを自然と安心させるものでした。
開けた場所に出ました。暗い場所でしたが、上には星が見えます。外に出たようでした。
辺りを見回すと、木々の間に夜が息を潜めている様でした。暗くて、自分の靴もよく見えないここは、森の中の様です。
『危なかったね』
何かの声に、ユイはハッとして森の奥を見ました。
『あれは多分、カンチャムイだよ。捕まったら、骨まで食べられちゃう』
赤い服を着た少女。小さく縫われた魚の刺繍。何度も隣で聞いてきた声。ユイは自分の目を疑いました。呼吸が弾み、心臓がとくんとくんと時を刻むのが分かります。
「マ・・・イ・・・?マイ・・・なの・・・?」
ユイに話しかけた、優しい友達の声は。
蠢く瞳に体を覆われ、闇の様な体色の、赤い服を着た不気味な怪物だったのです。
『絲』 @cidercider
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます