パワーアッパーコンセント

ちびまるフォイ

人間の限界

「やっばいな。充電なくなっちゃった……」


大学に来る前の電車でゲームをしすぎた。

うちのゼミの翻訳研究をしている。

翻訳具合を見比べるためにスマホは必須。


「なんで研究室にコンセントがないんだよ……。あれ?」


大学構内を出たところの雑草生い茂る草の中。

地面にぽつんとコンセントが上を向いていた。


「どうしてこんなところにコンセントが……」


コンセントの2つの穴はただ空を見上げているばかり。

とはいえ大学のコンセントを使うことは許されていない。

周りに誰もいないことを確認し、充電器を差し込んだ。


その瞬間、青い光がコードをつたって駆け抜けた。

バチバチッと火花が飛び散る。


「うそだろ!? 漏電したのか!?」


充電器のコードの先には買い替えたばかりのスマホ。

スパークの電流はスマホへと流れ込んでしまった。


慌てて充電コードを引っこ抜いてスマホの電源を入れる。


「頼む……壊れてないよな……」


電源を入れると画面には見慣れない演出が流れた。

最初に表示される画面もなんだか見覚えがない。


「壊れちゃったのか……?」


壊れていないか確認するためにアプリをいくつか起動する。

今までは何十秒もかかっていた起動が、1秒も待たずに終わってしまう。

あまりの快適さに驚いた。


パニックから少し落ち着いたときには、

今自分の持っているスマホの形状も画面サイズもおかしいことに気づく。


「これ、最新機種のスマホじゃん!!」


コンセントに充電される前は画面割れまくりで、

何十年前の要介護スマホだったはず。反応は遅くなにをするのもストレスがある。


けれど、コンセントのスパーク事故があってからは

カメラも画面もあらゆる機能が最新化されている高性能機になっていた。


「このコンセントは電化製品をパワーアップさせてくれるのか!」


次につないだのはこっそり持ち込んでいる携帯ゲーム機。

コンセントにつなぐとまだ販売されていない最新ゲーム機へと生まれ変わった。


「やっぱりだ!! すごい!!」


この世紀の大発見を自分以外に知られないよう

コンセントの周りを草で覆って隠した。


大学の研究室に戻ると教授は鼻息荒くして待っていた。


「君、どこをふらついていたんだ! まったく!」


「すみません……ハハハ」


「早く研究を再開したまえ!!」


「先生……いまさらですけど、この翻訳機の研究って意味あるんでしょうか」


「な、なにぃ!?」


「いまやちまたではたくさんの翻訳アプリが出回っているじゃないですか。

 なのに、今さら翻訳機を作ってなんになるのか……。

 アプリ使えばいいじゃんってなりませんか?」


「君はこの研究をなんだと思っている!

 この翻訳は今世間で出回っている翻訳とは全く異なる処理方法で

 翻訳結果を出すということで意味のある研究なんだぞ!!」


「でも翻訳結果が合っているかアプリで答え合わせしてるじゃないですか。

 処理方法がちがっても、ゴールが一緒なら意味ないような……」


「そういう問題ではない!」

「どういう問題なんですか」

「どういうもでもない!!」


「ええ……」


教授はすっかり機嫌を損ねてしまい部屋を出ていってしまった。

なんの役に立つのかもよくわからない翻訳機とマンツーマンにされてしまった。


「……あ、そうだ! あのコンセント使ってみよう!」


身の丈ほどもある大掛かりな翻訳機をひーこらいいながら外へ運ぶ。

草を押しのけ翻訳機のコンセントを差し込んだ。


バチバチと青い火花が飛び散る。

しゅうう、と白い煙から現れたのはポケットサイズの小さな機械だった。


「こ、小型化されてる……」


正直なところ、もっとパワーアップしていると思っていたので肩透かしだった。

コンセントから翻訳機を抜いて、研究室に戻しておいた。


翌日、研究室の前にはひとだかりが出来ていた。


「ちょっ……通してくださいっ。教授、いったいなんの騒ぎですか?」


「君……君がこれを作ったのかね!?」


教授は研究室へ置きっぱにしていた新翻訳機を手にしていた。


「はあ……まあそうですね」


「こんなすごいものを君が!?」


「すごいですか? 小型化しただけですよ」


「そこだけじゃないだろう! まさか機械言語すら翻訳するなんて!

 まさに人間とAIの垣根を取っ払う画期的な機械だよこれは!!!」


「え、そ、そうなんですか!?」


「今、テレビの取材が来ている! 学会の発表も予約済みだ!

 君には来週、世界の前でこれを発表することになるからな!」


「えええええ!?」


自分の作り出した超翻訳機は新人類の発明としてもてはやされた。

ついこないだまでは、どうやって進級するための単位を稼ごうかと考えていた底辺学生が時代の寵児としてかつがれた。


「それで! 次はどんな新研究を考えているんですか!」

「我々にどんな新体験を与えてくれるんですか!?」

「教えて下さい! そして新時代へ導いてください!!」


「えっと……ひ、秘密です……」


記者や観客は憧れと期待のまなざしを向けている。

ガラス越しにトランペットを見つめる少年のような目。


そのプレッシャーが自分をさらに悩ませた。


「ああーーもう思いつかない! それにプレゼンできる気もしない!

 俺が天才じゃないってバレたら絶対見放されるよぉーー」


いくらすごいものを作っても、質問への答えなどで地頭の悪さは隠せない。

豆腐通り越して湯葉ほどもろいメンタルなので、頭の悪さを指摘されたら立ち直れない。


頭の中にあるのはあのコンセントだけだった。


「あれで俺自身をパワーアップさせるしかない!!」


自分の体にコンセントケーブルを差し込み、コンセントを構える。


「人間の体だって電気信号で制御されているんだ。

 電化製品となにが違うってんだ。俺だってパワーアップできるはず!」


死を覚悟してからコンセントに差し込んだ。

すさまじいスパークが自分を……襲わなかった。なにも起きなかった。


「……おいおいおい。うそだろ?」


何度し直しても反応はなかった。

やっぱり普通の人間に対してコンセントの効果はないらしい。

別の家電製品を刺すとさらなるパワーアップを施してくれるのに。


「こうなったら……俺を変えるしかない!!」


それからはますます研究室へこもるようになった。

コンセントに認められるような電化人間へと生まれ変わるために必死だった。


自分の体を機械とのハイブリット化を実現するため、

あらゆる機械工学と医療を学びまくった。


完成した体は誰がどう見ても、コンセントが見たとしても「電化製品」として恥ずかしくない肉体だった。


自慢のロボットアームは人間以上に繊細な動きができるうえ、

どんな重い鉄柱だって持ち運べる超パワーを使える。


頭はどんなスーパーコンピューターよりも早く計算ができ、

数字はもちろん人の感情すらも数字分析して答えを出せるほど。


目は視力だけでなくいくつものフィルターを搭載。

人間の目では見えない小さな世界から大きな世界、音や電波、熱量なども視覚化できる。


さらに、情報も自動で視界に表示されるのでもはやインターネットサーフィンなんて言葉は古い。

脳で求めた情報は勝手に視界に送ってくれる。


これだけの機能を持った人間が、コンセントに「電化製品じゃないから」と弾かれることはない。


「ついにこのときが来たか……!!」


限りなく人間を捨ててまたコンセントの前に立った。

おそるおそるケーブルを伸ばしてコンセントへと差し込む。



バチバチバチバチッ!!!



機器をパワーアップさせてくれる火花が光った。


「やった!! これでついにパワーアップできるぞーー!!」


激しい電気の流れを体に感じる。

もくもくとあがる煙がやっと消えたあとに自分の体を確かめた。


「いったいどこがパワーアップしたんだ!?」


嬉しくなって自分の体のあちこちを確かめてみるが、

今まであったような劇的な変化は見当たらない。


唯一見つけた変更箇所にはボタンがついていた。


「これだ! 俺のパワーアップした場所か!

 いったいどんなすさまじいパワーアップになっているんだ!?」


ボタンを押してみると、おへそのあたりからベーッと音がした。

目線を下げるとディスクを入れるように体の一部がせり出している。


せり出した部分には"MD再生できます"と書かれていた。


すると、ジジジとコンセントが機械語を話した。

脳内に埋め込んでいる翻訳機が自動で人間語にしてくれる。




『あなたは自分だけで十分パワーアップしたのに、

 これ以上どこをパワーアップされたいんですか?』

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