食堂の一幕
「―――以上で始業ガイダンスを終了する。本日の午後は課業無しであるから、自由に過ごすように。では、解散!」
シュミッツ教官はそう言って、教室を後にした。姿勢を正して説明を聞いていた我々も緊張を解き、思い思いに動き始める。
「この後はどうする、レオン?」
「……ああ、そうだな。食堂に行って昼食にしよう」
シュミッツ教官の自己紹介からガイダンスが終わるまで、難しい顔をして考え込んでいたレオンに声を掛ける。俯き気味だった顔を上げ、レオンは返答した。マリウスも頷き、教室を後にする。
「そんなにシュミッツ教官の着任が気になるか?」
「ああ。士官学校の教官に貴族がいない訳じゃないが、それは上層部の話だ。指導教官としての着任は前代未聞だろう」
「王太子殿下が士官学校に在学していた時は、それこそ第1近衛連隊の貴族士官が何人も赴任したらしいけどね。逆に言えば、そのくらいの事がないと貴族の教官なんて現れない訳さ」
廊下を歩きながら、シュミッツ教官についての話をする。二人が言うには、近衛連隊勤務の貴族士官が士官学校に赴任するのは大変な珍事らしい。教官が自己紹介した時から今までずっと話題にするのだから、その重大さも窺い知られる。
「うちのクラスは一番上でも公爵家嫡男のヴィクトルだ。中央貴族の重鎮ではあるが、貴族士官が出てくる程の格は無い」
「……テオドール、実はさるお方のご落胤だったりしない?」
「んな馬鹿な! 魔導適性がある以上貴種の落胤である可能性は否定できないが、いくらなんでも王家は無いだろう!」
「だが、テオドール以外のクラスの人間は皆身元がハッキリしてる。マリウスの言う通り、一番可能性があるのはテオドールだ」
レオンが言うように、クラスで一番身元が定かではないのは私だ。しかし、王家の人間は皆高い適性を持った魔導師であり、更には強力な血統魔法を有していると聞く。並程度の適性しか持たず、血統魔法なんて毛程も発現しない私が王家に連なる人間だとは思えん。
「……いや、どう考えても私が王家の血を引いているとは思えん。というか、不敬罪に当たりそうで怖いからやめてくれ。他にあり得そうな理由はないのか?」
「他の理由か……ダメだ、思い付かん。マリウスはどうだ?」
「僕にも分からないよ。誰か直接聞いてみてくれないかなあ」
「『シュミッツ教官は何をやらかして士官学校に飛ばされたんですか?』ってか? 無理無理、怖くて絶対に聞けねぇよ」
そう話しながら入った食堂は、ガイダンス明けの学生が思い思いに昼食を摂っていた。トレイに乗った昼食を受け取り、適当な席に3人で座る。
可もなく不可もない味の、しかし量は育ちざかりの士官候補生も満足する食堂の食事。今日は、あるいは今日も、そのメインはハンバーグであった。
「今日もハンバーグかぁ……。3年目にもなれば慣れたものとはいえ、どうにかならないかね?」
「どうにもならないさ。この学校の教育総監、食事の改善に割く予算があれば武器弾薬積み上げるような人間だからな。……この話何回目だ?」
「数えてないから分からないが、月1回は似たような話をしているな。その後、『士官学校演習場の武器庫には、下手な師団よりも大量に武器弾薬が集められているらしいぜ』まで決まり文句だ」
小さく笑いながら食事を進めていると、空席だった私の隣の席に誰かが座った。向かい側に並んで座る2人はやや不快げな顔。隣を見やれば、同級生の一人が微笑みながらこちらを見ていた。
「やあエアハルト、隣失礼するよ。フレゼレシアとヴァイレも久し振りだね、元気にしていたかい?」
「何の用だ、お喋り野郎。聞屋に話すことはねぇぞ」
「あちらの席の方が空いてるよ。移動したらどうかな、ハーヴェイ」
にこやかに話しかけてきた茶髪の同級生、ギド・ハーヴェイ。普通科の学生で、学内広報誌の編集室に参加している。確か、実家が新聞で財を成した新興商家であったはずだ。
その出身からか、それとも日頃の行いからか、ハーヴェイは貴族家をはじめとした旧家の人間からはすこぶる受けが悪い。フレゼレシアと家名で呼ばれたレオンは貴族にあるまじき口の悪さで不快を表明し、ヴァイレと同じく家名で呼ばれたマリウスも無表情で離席を進めている。
しかしハーヴェイはそんな2人を意に介さず、隣に座る私に話しかけてくる。
「今日はエアハルトに聞きたい事があってね、ちょっと時間取ってもいいかな?」
「ダメだ、帰れ」
「フレゼレシアには聞いてないよ、私はエアハルトに聞いているんだ。で、どう?」
レオンの制止を聞き流し、ハーヴェイは私に質問を投げかける。
2人の好悪はともかく、私自身は広報編集室やハーヴェイにそこまで悪感情を抱いてない。質問を聞く程度は別に構わないだろう。
「まあ、構わんが」
「テオドール!」
「やった! じゃあ早速なんだけど、エアハルトが帰休期間に参加した実験について教えて貰えるかな?」
……早速聞き付けてきたか。随分と耳が早い。 しかし、コイツは一番知られてはいけないタイプの人間だ。カバーストーリーで押し通さなければ。
「……新兵科の評価試験だ。これ以上は軍機に抵触することだから、発表を待ってくれ。以上だ」
「行こう、テオドール」
丁度3人全員が食事も終わったことだ、これ以上突っ込んで聞かれる前に退却するとしよう。トレイを持って席を立った。
「じゃあな、ハーヴェイ」
「ご協力どうも~。また宜しくね~」
「流石に教えてはもらえないかァ。さて、どうやって聞き出すか……」
英雄に万歳 紺の熊 @navybear
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