ご機嫌よう

 気が付くと、病院のベッドだった。


 泣きじゃくる両親。専門用語で丁寧に説明してくれる医師。こなれた態度の看護婦たちと、からかいに来る友人。


 そう言ったものの全てが、生き残り救助された僕の心を上滑りして行った。


 もう一人無事救助された女性がいたとのことだったが、それが誰かも、どこにいるのかも、教えてもらえなかった。プライバシーの保護とやらで。


 観音崎さんは無事だった……のか?


 ってか実在したのか?


 もう一人救助された女性って、誰?


 その三つの問いが一か月の入院生活中の僕の頭の中の全てだった。無限に積み重なる問題用紙。もちろん、回答はなかった。


***


 退院しても状況は変わらなかった。


 でも僕はあの島での出来事が、僕の妄想か、入院中の夢だっただろうことを、半ば受け入れ掛けていた。


 やっぱり、あんなことがあるわけないんだ。


 あんな女の子がいるわけがないんだ。


 カッコよくて、かと思えばどこか儚くて、頑張ってるけど強いわけじゃなくて、偉そうにするけど優しい。


 夏の日差しが暑い。

 

 飲もうと思えばコーラを買ってガブガブ飲める。

 それが無人島と違う、文明社会の良いところだ。


 僕はコンビニに入った。


 自動ドアをくぐる。


「いらっしゃいませ……あら、下津間」


 えっ、と顔を上げると店員のユニフォームを着た観音崎さんが驚いた表情でレジにいた。


「かっ、かっ、かっ、観音崎さん⁉︎」

「ご機嫌よう」


 彼女はニッコリと微笑んだ。


「無事だったんですか⁉︎」

「そうお報せが行っている筈ですけれど?」

「元気、なんですね?」

「ええ、勿論。あなたのお陰でね、下津間。あの時はありがとう」

「元気なら、お見舞いくらい来てくれてもいいんじゃないですか⁉︎」

「あなたの連絡先も病院も誰も教えてくれないんですもの」


 僕は泣いていた。

 ぼろぼろと流れ落ちる涙は何かの感情の発露なんだろうけど、それがなんなのか僕自身にも説明できない。


 観音崎さんは軽く溜息をつくと、メモを一枚千切ってサラサラと何かを書き付けた。


「とにかく、今は仕事中です」


 そしてそれを二つに折ると、立ち尽くす僕のシャツの胸ポケットに差し込んだ。


「ご連絡くださいな。わたくしたちは、もっとお互いにわかり合うべきですわ。そう思いませんこと?」


 彼女はそういうと、ぱちりと控え目にウインクした。


*** 了 ***

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無人島お嬢様 木船田ヒロマル @hiromaru712

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