第2話 パスタの味
「お風呂でたよ」
こはくは、パソコンに喰い入る京に、湿った短めの髪をタオルで拭きながら言った。
「あぁ」
ヘッドホンを外し、少しの間の後でマヌケな返事をした。京はさらに少しの間の後で、キッチンを指差した。
「またパスタ?」
指の延長線をなぞったこはくが小馬鹿にした口調で呟く。
「今日は太いやつ」
京にはこれが精一杯の反論だった。しかし、この程度のぐうの音も出たことが珍しいほどに、京の料理のレパートリーは極端に少なかった。
こはくは、パソコンに喰い入る京と向かい合うように座り、平麺のパスタの太いやつのクリーム的なやつを食べ始めた。
実際、こはくは京のつくるパスタが嫌いではなかった。
「おいしい?」
「よく毎日パスタだけでそんなに感想を聞き出せると思えるね?」
「で?どっち?」
京の「で?」には、青年相応のふてぶてしさと、青年相応の無邪気さがあった。
「まぁ、味濃いかな」
「あー。まぁ、そーゆうやつだからな」
感想の言い甲斐のないことである。
ドアの鍵がガチャガチャと音をたてた。そしてドアの向こうから、不自然な程に黒いスーツを着た中年の男が入ってきた。
「ただいまー」
「お帰りー」
「おかえりー」
京とこはくの単調でぶつ切りなやり取りは、この男の登場によって幕を閉じた。
「京ぃ。ちょっと荷物もらってくれないか」
そのネコ科の肉食動物を思わす顔付きとは対照的に、その両手には食材やらがパンパンにつまった買い物用のマイバッグが握られていた。
よいしょ。と軽く声をあげ、京は荷物を受け取った。
「お風呂沸いてるから入っていいよ」
「おう、ありがとう」
風呂から上がった宮澤はベランダで良くはない景色を眺めていた。我知らず、彼の手はあらゆるポケットから煙草を探した。そしてハッとして、そんな癖を苦笑いで飛ばす。
あのとき、あれ程強い思いで煙草をやめたのに、未だふとした時にはこのザマである。
蓄積とは恐ろしい。そして、今とは何とも無力だ。
彼はカーテンを手でめくり、二人のいる食卓に向かった。
夢の跡地 ふくしあ @39960978
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