後編

知っている。



あの老人は…酒場に泣きながら引退を請いに来た彼とおなじような顔立ちをしてることも。



全部、知っていた。



私が、もう勇者でないことも。

 

ずっと、昔からだ。


村に教え終わった時ではない。

最前線から退いた時でも、この街にやって来た時でもない。

勇者になった時から、知っている。


勇者でなくなるのは、

「魔王が死んだ」その瞬間だ。




この世界には、「祝福」と呼ばれるものがある。


あるものには「戦士」が、あるものには「商人」が、あるものには「魔法使い」が、と、

成人、つまり15才になると、まばゆい光が包み込むようにして贈られる。

その様子から、それは、天からの掲示として、「祝福」と呼ばれ、人々は「祝福」にしたがった職業を選択する。

戦闘職なら冒険者や騎士を目指し、農作などなら農家を目指す、と行った風に。

原因は、祝福による適正職業時の補正にあった。

補正は祝福によって違うが、戦闘職なら筋力上昇。

農家なら育成時間の減少、農作物の被害が少なくなるなど、いずれも強力なものであった。


受け取った祝福は生涯無くなることはない。

絶対に。


勇者、そして勇者パーティーの祝福も例にもれず、その一つだった。


新魔王の誕生とともに、新たに祝福を受けるものの中から、勇者、そして勇者パーティーとしての祝福が与えられる。

その祝福の補正は偉大だ。

聖属性魔法と筋力補正に火力の底上げ。

さらに、唯一「魔王に攻撃を与える事」が出来る。

そして、その祝福は生涯無くなることのない。


ただし、補正が掛かるのは、「勇者」と言う適正職業についた状況下においてのみ。


魔王を倒した瞬間に、勇者という職業は、世の中から無くなる。


新しい魔王が現れれば、「新しい勇者」の「勇者」という職業が復活するが、昔の勇者がもう一度祝福の恩恵を受けることはない。


つまり、魔王を倒したその瞬間、勇者はその力を失い、



勇者でありながら、勇者では無くなるのだ。





王や、人々が彼を見て驚き戸惑ったのはこれに原因があった。

力を失う勇者は、魔王討伐後には前線へと姿を表さない。

歴代の勇者の誰として、前線に姿を見せることは無かった。

そう、彼以外。


彼の強さを支えていたのは、実地で磨かれた経験。

そして、勇者時代から使い続けたその愛剣だけだった。


彼の細くしなった腕は戦闘を進めて行くとともに太く、体付きは筋肉質になっていった。

彼が補正なく自分の力のみで戦って来た証拠だ。


もう、彼に誰も期待をかけていないことを彼は知っていた。

民衆が期待をかけるのは、「新しい勇者」。

彼が後ろに背負う彼らでさえ、心のどこかでは「新しい勇者」に期待しているのだ。


しかし、彼は知っていた。

この頃の勇者は王都に召集され、手に入れた力の使い方を学ぶ。

ここに助けに来ることは、無い。

壁の外の冒険者達も、応援に来ることは難しいだろう。


だからこそ、彼は理解していた。

しのぐだけでは、いずれ殺される。


それでも、彼は攻撃をいなし続けた。


彼の着るローブはボロボロに破れ、体全身の至るところから血が流れ出ていた。

衝撃で飛んでくる破片が、彼の皮膚を裂いて後方へと飛んでいく。

完全に息が上がってた。

剣をもつ腕はだらしなく垂れ下がり、肩で息をする。


そんな状況でも彼は諦めなかった。

何度終わったと思ったことか。

以前いなし続ける彼に、ついに魔物が痺れを切らした。


今までのような隙をつかせない連続攻撃ではなく、

大きなモーションで、その牙を満身創痍の老体に勢いよく振りかざした。


住民達は誰もが未来を確信した。

あるものは悲鳴を上げ、あるものは目をつむり、あるものは泣きながら叫んだ。


しかし、次の瞬間に彼らが目にしたものは、



剣を片手で剣を掲げる老体と、その足元に横たわる魔物の、死体。



彼は、魔物が自分に対して大きなモーションをとった、その時、


にやりと、笑った。


彼は迷いなく愛剣を「片手にもちかえ」自らに迫り来る大きな牙に引くことなく、


大股で一歩。踏み出した。


接触の際に飛ばされないように強く踏み込み、片手で持った愛剣を牙に沿わせた。

魔物の顔が老体を通り過ぎた時、沿わした剣の衝撃を利用して、

体の向きを反転させた。

そして、「空いた利き腕で持った、ローブの中に隠し持っていた剣で」その無防備な首に、全体重をかけて


突き刺した。


彼はゆっくりと立ち上がると、魔物の死体から剣を引き抜き、天に掲げた。




その光景を目にした人々は息を飲んだ。


誰もが、


剣をもつ骨ばったその指に、

だらしなく垂れ下がった枝のような片腕に、

ボロボロになった黒いローブに、

しわの深く刻まれ、いくつもの場所から血が流れるその顔に、

そして、太陽の光を受けて輝くその剣に、



かつての勇者を重ねた。




静かな民衆の中、誰かが、呟くように言った。



「勇者が魔王を倒した時に力を失うなんて…子供でも、知っている。

この世界の常識だ。


それでも…それでも、彼は、ゼタ・バルセリアは…


いや、






それでも、勇者は勇者であった。」


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それでも勇者は勇者であった。 蛍さん @tyawan-keisan

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