第2話 彼女の初恋とちっちゃな雪の妖精の秘密

 翌日の放課後。いつものように、公園でスノウと待ち合わせる。


「ヤッホー。ユキハル!」


 楽しそうに手をブンブンと振るスノウ。

 僕からの告白は躱すくせにこうして会う時はいっつも嬉しそうだ。


「おはよう、スノウ」


 そう、いつものように挨拶をしたのだけど。


「ちょっと、目にクマが出来てない?」

「気の所為だと思うけど」

「しらばっくれてもダメ。あんまり寝てないでしょ」


 友達にもバレなかったのに、彼女は意外と鋭い。


「まあいいや。そこは認めるよ。それで、今日は聞いて欲しい話があるんだ」

「う、うん」


 僕の声色が真剣なのを感じ取ったのだろうか。彼女の顔つきも真剣になる。


「そのさ、君と会ってから4年になるよね」

「うん。私が、公園でブランコ漕いでたんだよね」


 少し懐かしそうな声で語る彼女。


「で、あんまりにも現実離れして綺麗だったから、つい声をかけちゃったんだよね」

「私もあの時はびっくりした。見える人がいるなんて思わなかったもの。それに、いきなり、「妖精さん?」って」


 その時の事を思い出したのか、急に噴き出したように笑い出す彼女。


「いや、僕もあの時は若かったよ」

「今も若いと思うけど」

「あれから毎年会ってきたよね。何故だか4月になると消えちゃってたけど」

「4月になると、雪、降らないからね」

「それが理由だったの?」

「どうなんだろ。私にもわからないや」


 どことなく自嘲したように言う彼女。


「それでね、やっぱり毎年会うたびに思うんだ。君が好きだなって」

「……」

「はっきり言うよ。恋人として、付き合って欲しい。そんな気になれないっていうんだったら、金輪際言わないから。だから、ちゃんとした返事が欲しい」


 彼女の目をじっと見ながら、告白の言葉を紡ぐ。

 きっと振られるんだろうな、とそう思う。でも、もしかしたら、とも思う。

 ドキドキしながら、返事の言葉を待ったのだけど-


「……なんで?なんで、私じゃなくて、この子なの?」


 返ってきたのはYESでもNOでもなく、泣き顔だった。

 彼女の両目から涙がぼろぼろと溢れてくる。


「え、えっと。なんで泣いてるの?」


 予想外の反応に僕も困惑してしまう。

 彼女と会ってから泣き顔を見たのは初めてだった。

 その泣き顔に、ふと、小さい頃の由美を思い出す。


「泣いてない!」

「泣いてるでしょ」

「泣いてないってば!」


 そう言って、彼女は飛び去ってしまう。


(飛べたんだ……)


 なんて、一瞬呆然としてしまうが、追いかけないと。

 幸い、そこまで高速で飛べなかったらしい彼女を追いかけると、何故だか由美の家に入っていった。


「すいません、おばさん。お邪魔していいですか?」

「え、ええ。由美はまだ寝てるけど……」

「それで構いませんから」


 それだけ言って、由美の家に上がる。

 彼女が上がっていく先を追うと、そこは由美の部屋だった。


「由美、上がるね?」


 部屋に上がると、そこに居たのは、布団ですやすやと眠る由美と、部屋の隅っこでぼんやりと暗い顔をしているスノウの姿だった。


「ああ、そうか」


 その様子に、ようやく僕は事の真相を悟ったのだった。

 なんで由美のことをやたら推していたのか、とか。

 彼女の事を知った風だったのかとか、色々。

 別に、騙されたとは思わなかった。

 それより、彼女の気持ちに気づけなかった事が恥ずかしくなるばかり。


 どのような言葉をかけるか少し迷ったけど、考えながら言葉を紡ぐ。


「あのさ、由美」

「……」

「今まで、色々勘違いしててごめん。君の気持ち、全然わかっていなかった」

「どっちの気持ち?」

「どっちも、かな」


 どこまでキャラを作っていたのか、とかそんな事は少し思うけど。


「これ言うと自意識過剰ぽいんだけど……由美は僕のこと、好き、なんだよね」


 どういう原理なのかさっぱりだけど。

 スノウと由美が同一人物だとしたら、それしか考えられない。


「うん。昔から、好きだったよ。私の初恋だった」

「そっか」

「でも、ユキ君は妹のようにしか見てくれなくて」

「ごめん」


 返す言葉もない。


「それでね。どうしたら振り向いてくれるのかなってずっと考えたら……ある日突然、姿になることができたの」

「なんで姿だったの?」

「昔見たアニメで妖精さんが出てくるのあって。それを思い描いてたんだと思う」

「結構メルヘンだったんだね」


 一見神秘的なあの姿だったけど、アニメのキャラクターのイメージだったとは。


「傷つくこと言わないでよ」

「ごめんごめん。あと、ネーミングがまんまスノウだったよね」

「小学生の英語力だと他に思い浮かばなかったの!」

「そういえば、最初に姿と会ったのが小6の冬だっけ」


 ファンタジーな存在だからと自分を納得させていたけど、自作自演なら納得だ。


「あれから、毎年、毎年、私の方を振り向いてくれるように、色々言ったのに。ユキ君はあの姿の方ばっかり向いてるし」


 毎年、そんな事をしてたんだなあ。と、少し微笑ましい気持ちになる。


「それだったら、さっさと本当の事言ってくれれば良かったのに」

「だって。スノウの姿の私は明るめのキャラだったし。嫌われちゃうかなって」

「ちょっとビックリはしたけどね。別に嫌わないよ」

「嘘!だって、さっき告白したのだって、スノウの姿の私じゃない!?」

「今だって、その姿だけど?」

「え」


 その言葉に虚を付かれた彼女は、きょろきょろとあちこちを見回したかと思うと、


「あれ。じゃあさっきの。元の姿に戻ったつもりで真相を話してたけど」

「そのままだったよ。だから、ちょっと意外だったけど、なんだか納得してる」

「そ。そんなぁー」


 由美は、恥ずかしい事がバレたとばかりに悶え転がっている。妖精さんの姿で。


「なんか、もうどうにでもして……」


 ひとしきり悶え転がった彼女は、なんだかいじけている。

 正直、ちょっと都合がいいかもしれないなと思うけど。


「好きだよ、君のことが」

「どうせこっちの私にでしょ?」

「自分に嫉妬しないでよ。ちょっとキャラ作ってたくらい、誰にでもあるって」

「でも、この身体は、ちっちゃいし胸ないし。胸があるの好みじゃないんでしょ?」

「な、何を言い出すの?」


 思ってもいなかった所からの攻撃に、何かをグサっと刺された気がする。


「だって、事実じゃない?この身体に欲情するとか、ユキ君、ロリコンだよ!」

「欲情って。そ、そんなことはないよ!」

「じゃ、じゃあ、元の身体に戻るから。それを見ても好きって言える?」

「い、言える……と思う」


 少しだけ、自信が無くなった。


「なんで「思う」なの?そこは、「言える」って断言してよ!」

「とにかく。戻ってみて」

「ううう-。信じてるからね?」


 そう言った途端。スノウの姿は部屋から消えたのだった。

 そして、


「それで、どう?」


 ベッドから身体を起こして、涙目で睨みつけてくる由美。

 少し混乱したけど、やっぱり彼女は彼女だなと思う。

 大きい胸もそれはそれでいい。


「やっぱり、君のことが好きだよ、由美」

「ほ、ほんと?」

「うん。それにさ、由美はキャラ作ってたっていうけど……」

「けど?」

「逆に普段の方がキャラ作ってたんじゃないの?」

「う。ひょっとしたら、そうかも。なんだか、自分に対抗して、大人しい感じで、大人しい感じで、って思ってたから」

「なら、もうそんな事にこだわらないでよ」


 こんな風にしていじける彼女は新鮮で。

 少し前の彼女とも、さっきまでの姿の彼女とも違う魅力がある気がする。

 結局、同一人物なんだけど。


「ねえ」

「何?」

「私は、こんな面倒くさい子だけど」

「うん。そうだね」

「否定しないんだ」

「だって、面倒くさいから」

「否定して欲しかった」

「それは諦めて欲しい」

「わかったよ。こんな面倒くさい子だけど、付き合ってくれる、かな?」


 少ししょぼくれた表情で告白をされたのだった。


「喜んで。大好きだよ、由美」

「うー。喜んでいいのか、落ち込んでいいのかわからないよー」

「喜べばいいと思うけど?」

「だって、色々黒歴史知られちゃったし。死にたい……」


 なんだか、たった一日で凄い印象が変わった彼女だけど、やっぱり彼女は彼女だ。

 そんな所もまた愛らしいと素直に思えたのだった。


◇◇◇◇


 そうして、僕たちの間に起こった小さな騒動が幕を閉じたのだった。

 関係は恋人同士に変わったけど。

 大人しい子から面倒くさい子にクラスチェンジした彼女だけど。

 これからも二人仲良くして行きたい。


「結局、あの姿はなんだったんだろうね」

「わからない。神様がくれた奇跡……と言えたら綺麗なんだけど」


 言いつつ、むむむと何かを念じると、


「やっぱり、この姿になれちゃうし」


 再び、スノウの姿が現れると同時に、元の身体はどさっと倒れる。


「世の中には超常現象もあるってことかな」

「あ、でも。こっちの姿に欲情したりしないでね?」

「し、しない。と思う。たぶん」


 どっちも彼女だし、好きだけど。

 それでも、最初に惹かれたのは妖精さんの姿だから。

 少しだけ否定しきれないところがある。


「な、なんで断言してくれないのー!?」


 彼女の叫び声が部屋中に響き渡ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

というわけで、ちょっとだけファンタジーな(?)

二人のお話でした。


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雪の妖精に恋をした僕とフクザツな妖精さん 久野真一 @kuno1234

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