雪の妖精に恋をした僕とフクザツな妖精さん
久野真一
第1話 僕の初恋とちっちゃな雪の妖精
初恋。そう聞いたときに、人は何を思い浮かべるだろうか。
ある人は少し年上のお姉さんがそうだったと言うだろう。
またある人は、幼稚園や小学校の先生がそうだったと言うだろう。
そして、多くの人にとっては、遠い昔の物語だろう。
しかし、僕にとっての初恋は少し変わっていて、それは今でも続いていた。
「ぼーっとしてどうしたの?ユキハル」
彼女が心配そうに見下ろし……いや、見上げてくる。身長は130cmといったところだろうか。一方の僕は高校1年生で、身長は170cm近くある。もし、この様子を誰かに見られていたら、きっと通報されているだろう。
だけど、その心配はない。なぜなら、彼女はこの世のものではなくて、他に誰にも姿を見られないから。
スノウ。4年前の初雪の日にある日突然現れた彼女はそう名乗った。なんでも、雪の妖精らしく、最初、幻覚を疑った僕だけど、実際に目の前の雪を操作する力を見せられて認めざるを得なかった。
(いや。ちょっと君に見惚れてた)
「も、もう。急に何を言うのよー!」
(本音だって)
周囲に聞こえないように小声で言う。もし、周りに聞かれたら頭のおかしい人か不審者確定だ。
こんな僕の名前は、
雪が降り積もる公園は、子どもたちの格好の遊び場になっている。
雪合戦や雪だるまを作っている様子に、微笑ましい気持ちになる。
「私なんか好きになっちゃダメ!ユキハルにはユミが居るでしょ?」
僕の言葉はそんな風にしていつも躱されてしまう。
(なんで、
「ユミはきっと、ユキハルの事好きだよ?」
何故だか少し悲しそうな顔をして言うスノウ。
彼女の言う由美は僕の生まれた時からの幼馴染だ。
引っ込み思案で身体が弱くて、冬は毎日のように熱を出して寝込んでいる。
(そうだとしても結論は変わらないよ)
「ダメ。私は冬にしか居られないんだから、普通の子に恋をしてほしいの」
言い聞かせるような声色のスノウ。
毎年冬になるたびに、僕の言葉はこうして有耶無耶にされてしまう。
「冬にしか居られないんだから」と。
それでもめげないのだから、我ながら執念深い。
(わかったよ、今日は諦める。でもさ、なんで由美なの?推す理由がわからないよ)
「だ、だって。二人はいつも仲がいいし、それに……」
(それに?)
少し戸惑った様子の彼女の返事を待つ。
「ユキハルに一番お似合いだと思うの」
(由美は色々放っておけないなとは思うよ。でも、それは家族に対するみたいなものであって……君に対するものとは違うよ)
「そういう口説き文句、ホイホイ言っちゃダメだよ?」
(言わないって。君にだけだから)
「それならいいけど」
彼女の容姿は人間離れしている。
雪のような白一色の衣に、まさに雪のように白い肌。髪も透き通った銀髪だ。
そして、そんな神秘的な容姿でありながら、子供っぽい体躯に顔。
出会ったときから彼女はそのままだ。
(そういえばさ。スノウって成長しないの?)
「前にも言ったでしょ?私は、認識してくれる人のイメージ通りの姿になるの」
(じゃあ、今のこの姿は僕が好きだから?)
「う、うん。まあ、おおまかには」
(おおまかには、ってやけに適当だね)
「と、とにかく。そろそろ家に戻りましょ?」
(はいはい)
外だと不審者扱いされないか注意しないといけない。
だから、彼女の申し出は僕にとってもありがたいものだった。
「由美は大丈夫かな?」
部屋に戻ってぬくぬくしていると、身体の弱い幼馴染の事が気になった。
「そ、その。気になる?」
何故だかおずおずといった様子で聞いてくる。
「そりゃね。あいつ、身体弱いのに強がりだからさ」
由美は昔から身体が弱かった。
夏には暑さで体調を崩すことがしょっちゅうだったし、冬にも。
特に、ある年を境に、冬は毎日のように高熱を出しているのだから心配にもなる。
「そ、それじゃあ、お見舞いに行ってあげたら?」
「じゃあ、そろそろ行こうかな。一緒に来る?」
「ううん。そろそろ時間だから」
「もうそんな時間か。早いね」
「ごめんね」
彼女は夕方の3時間程しか居られないらしい。
だから、夜が近づいてくると突然居なくなる。
「いいよ。それじゃ、また明日」
「うん。また明日ね」
ピロリンと効果音でもなりそうなくらい、ぱっと彼女の姿がかき消える。
後には何も残っていない。
「どうしたら振り向いてくれるんだろう」
そんな事をひとりごちながら、
◇◇◇◇
「
チャイムを鳴らすと、由美のお母さんが出てきた。
「いえ。由美は大丈夫ですか?」
「さっき起きたところよ。さ、どうぞ」
おばさんに案内されて、由美の部屋を訪れる。
「由美、大丈夫?」
「うん。いつも心配させちゃってごめんね、ユキ君」
パジャマ姿のまま、身体を起こそうとする彼女。
「いいから、寝てて」
「う、うん」
生まれつき身体が弱いせいか、彼女は線が細い。
その割に、胸は……結構ある。Cはあるんじゃないだろうか。
そして、髪。スノウと同じく透き通るような銀髪。
生まれついてそうだったから、たぶん遺伝なのだろう。
「それで、熱は何度?」
「えーと……38.0℃」
「結構、熱あるね。しんどくない?」
「だいじょうぶ。いつものことだから」
気丈に振る舞うけど、単なる強がりだというのはよくわかっている。
「それとこれ。授業のプリント」
学校の教師から預かってきた授業のプリントを渡す。
冬になると、彼女は登校できる日の方が少なくなるくらい。
だから、毎年の恒例行事のようなものだった。
「ありがと、ユキ君。出席日数、大丈夫かな」
心配そうな声。
「いざとなったら先生に掛け合ってみるから。由美は心配しないで」
「でも、ユキ君に迷惑かけちゃうし……」
「いいから。由美は自分の身体のことを心配しなよ」
由美は身体が弱いのに、やたら周りに気を遣うところがある。
そんな所も彼女の美点だけど、周りに心配をかけているのを自覚して欲しい。
「そういえば、今日は何してたの?」
「そりゃ、一緒……ううん。スマホゲーしてた」
「最近よくやってるパズルゲー?」
「そうそう。結構上達したんだよ」
そう言って、嬉しそうにスマホの画面を見せてくる。
身体の弱い彼女の楽しみといえば、もっぱらゲームと読書。
布団に入りながらもできるスマホゲーは格好の暇つぶしらしい。
「へー、かなりやり込んだんだね」
画面を見ると、由美のハンドルネームが、何やら上位ランキングに表示されている。
「えへへ。さすがにずっと引き篭もってないからね?」
「そんな自虐は要らないから。でも、頑張ったんだね」
授業を受けられない中、自分なりに夢中になれるものを見つけて頑張ったんだろう。ぽんぽんと頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと。子ども扱いしないでよ」
「といってもね。妹みたいなものだし」
「妹みたいって。私達、同い年でしょ?」
由美と僕は同い年だけど、引っ込み思案な彼女の面倒を見ていると、彼女の兄になった気分になる。庇護欲をくすぐるとでも言えばいいんだろうか。
こんな風にして、学校が終わると、スノウとおしゃべりをして、それから由美のお見舞いをするのが僕の冬の日課だった。
あの頑固な雪の妖精さんを振り向かせるにはどうすればいいんだろう。
そんな事を、夜、布団の中で思う。
ああでもない、こうでもないと色々考えていると、ふと、思いついたアイデアがあった。
(これなら、あるいは)
考えてみると、今までの僕の告白はどこか軽いものだった。
だから、躱されるような返事しかくれなかったのかもしれない。
これは、一世一代の大勝負だ。
これできっぱり断られたら、僕は本当に失恋するだろう。
だから、これは賭けだ。
でも、それでもいいと思うくらい、僕は彼女の事が好きだった。
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