園長とセイリュウ(後編)



「もうちょっとこっちに来なさい」

「……」

「神の命から耳を背ける気? 矮小なるその身のくせにいつから偉くなったのかしら」


 そうは言われても狭くてしょうがないし、実際に二人ほど入って暑苦しいのだからこっちに寄れと言われても少年としては困るとしか言いようがないのだ。


 本来であれば二人用を想定していない子供用ベッドに成人女性と少年一人分を乗せるのはあまりにも厳しく、新品ゆえにぎしぎしと鳴ることはないが大きな負担をかけているのには違いないのだ。


 そんな将来的な買い替えを脳裏で想定しながらも、ひっきりなしに背中を向けながら少年は心で耳をふさぎながら聞こえないふりを貫く。ときおり、ちょんちょんと指先で突いてくるしぐさにほんのりと少女らしさでくすぐってくるが、真意が見えないとなると怖くてしょうがない。


「ねぇ、セイリュウ」

「やっと返事をした。無礼な態度を許します。何なりと聞きなさい」

「……もう普通に戻ってもいいんだよ」


 ここは市内だが一般家庭だ。ほかの人間はおらず、こうして園長とセイリュウしかいない。


 それにかかわらず、セイリュウはいまだ自身の姿をヒトの姿のままにとどめている。


「私がここで自慢の尾を出したらどうなりますか? たちまちこのベッドは今以上に辛く狭い場所に変わるでしょう。そうなれば買い替えをするあなたが不憫です」

「買い替えを考慮していくれるなら別に同衾しなければいいのに……」

「なにか?」

「い、いえ」


 呆れた調子で鼻を鳴らし、「それでいいのです」とセイリュウは納得したように答えた。


 なにがそれでいいと言うのだろうか。別に寝てくれと頼んだわけでもないし、むしろここに寝かせろと押しかけて来たのは彼女の方からだ。


 これで話は終わりなのかと思うと、セイリュウは再び園長の背中を突き始める。


「普段の生活はどう? ちゃんとご飯はしっかり食べてる?」

「う、うん。バランスは、まぁ、心掛けている。家庭科の勉強とかあるし」

「……部屋の中や廊下はとてもきれいだったわ。普段から掃除を心掛けているのね。よきことです」


 唐突に褒められて、つい背中がむず痒くなる。上っ面ではなく、内側にむずむずとする様がかゆい。


「セイリュウはどう? 今日は楽しかった?」


 寝転ぶように振り向けば、彼女の顔が思っていた以上に近く見えた。


 この時、セイリュウがうすく微笑んでいたことに初めて気づいた。


「ええ、とても。町の中は賑やかでしたし、大人や子供関係なく活気があるように見えました」

「来年からはまた更に新アトラクションをオープンして、たくさんのお客さんが来るんだってさ。オレも行ってみようかなって思う。セイリュウはどう? いっしょにいく?」

「……ふふっ、考えておくわね」


 薄く細めた瞳がいつもの気だるげな様相よりも慈愛に満ちているように見えた。


 そっと伸ばされたセイリュウの手が、園長の頬にやさしく撫でる。


「こうして、町のほうへ足を運んだのは初めてですね」

「セイリュウは……四神はまずヒトのいる町にいかないだろうしね」

「元々、私たちはパークの中でしか暮らせませんから。ただ自然の景色が存在していたあのころと比べて……ずいぶん活気のある街になりましたね」


 セイリュウの瞳の奥が、何かを懐かしむようにして過去をなぞり始めた。


 四神。遠くは遥かの思想が日本に伝わり、呪術的素養が風水と共に広まったとき、彼女たちが……彼女たちの原型たる神獣が大衆に認知された。


 四方を鎮護し、自然と共にある四神はジャパリ島に根付くサンドスターと結びつき、それらがやがて自然現象すら操る”フレンズ”を生み出した。それが神のフレンズ、四神――スザク、ビャッコ、ゲンブ、セイリュウの四人だ。


 彼女たちの力はサンドスターによる莫大なエネルギーを狙うパーク上層部にとっても手中に収めたいと思わせた。自然現象をありのままに操り、フレンズとして意思疎通を図ることが出来る。”話の通じる強大なエネルギー”ともなれば、パーク経営本社だけでなく、各国の目に留まればその力を欲するのであれば自然なことだ。


 だが、一つだけ幸いだったのは彼女たちは島の外には出られないことだ。


「島の外にはあんなに楽しそうな人たちの笑い声にあふれているのね、あんなにもたくさんの活気にあふれてるのね。私にはまったく知らない世界だったわ」


 遠くを見つめ、遠くを知ることが出来る彼女の”耳”。他のフレンズと違って優れている聴覚があるがゆえに、彼女の耳はいつだって楽し気な人の声を拾い上げてきた。


 ゆえに、神としてそれらを上から見ることもあれば、少女として彼らを羨むこともあった。


 フレンズは原則として、その身を”けものプラズム”と呼ばれるエネルギーで構成され、動物的肉体とヒトとしての肉体をプラズムによって補っているのだ。


 このプラズムの比率は現生種、絶滅種(絶滅した動物、UMAなど)、幻獣種(神のフレンズや妖怪など)に進むにつれて高くなり、幻獣種ともなればプラズムだけで構成されるようになるのだ。


 これは、サンドスターがヒトの認識や知識を反映して形作る特性から来るものであり、人々が伝承として残した”記録”が四神をフレンズという形を成しているからなのだ。元々、フレンズ化する前から”元”がある一般的な動物と違い、架空の生物である彼女たちはエネルギー百パーセントの割合によって構成されている純エネルギー生命体ともいえるのだ。


 それゆえに、彼女たちはサンドスターその物に近いからこそ、強大なエネルギーを駆使した力を振るうことが出来るが、その代償としてサンドスターによって満たされたジャパリ島から離れればそのとたんに肉体を維持できずに雲散してしまう。現生種のようにフレンズ化する前の動物がいるならともかく、純粋なエネルギーである彼女たちは”再フレンズ化”するという機会すらない。


 だからこそ、彼女たちは生まれた時からこの島と運命を共にすることが定められており、島の外からくる陰謀も彼女たちに対して目をつけても”何もできない状況”が生まれているのだ。


「……ブレスレット、どうだった?」

「そうね、はっきり言って……付け心地は最悪だし、何の”効き目”もない。つまらないおもちゃだったわ」


 つまらなそうに吐き捨て、腕に取り付けられた機械をベッドから無造作に投げ捨てる。


 そもそも、それほどの強力な力を持つフレンズであるならば、いくらサンドスターの研究による第一人者が開発に携わったとはいえ、彼女たちの力を抑制し、島の外へと簡単に出歩けるのならば上記の話はなかったことになってしまう。少なくとも、パーク側がこれまでの兵器を過去にしてしまうような”怪物”を所持しているとなれば、多方面から痛い腹を突きたがる連中にしてみれば好機と捉えてもおかしくはない。


 だから、彼女たちは依然として島の中でしか活動できないし、彼女たちの存在も都市部とは言え、おいそれと連れて行けるようなものではない。


 神たる化身を、異常なまでの力を持つ彼女たちを連れ歩く。それが、どれだけ重大な話なのか。それはセイリュウ自身も理解している。


「園長、今回の件、あなたは初めから私たち四神の力を抑制できると思っていませんね?」

「そ、それは……」

「隠すのはよしなさい。あなたの心音が、つまらぬ情で私たちを誘ったことはとっくに理解しています」


 園長自身が彼女たちを”超常の存在”や”神たる化身”を相手にしているのではなく、共に戦った事のある”仲間である少女”として見ていたのならば、その真意は軽く見透かすことは簡単なことだ。


 元々、フレンズに対して距離が近いがゆえに、その異常性と力についてはパーク側は十分危険視していた。サンドスター・デバイスのテストについても、テストという名目で四神を都市部に連れ歩くとしても万が一のことがあれば四神をコントロールできると思えば許可が下りたのだ。


 結果はどうあれ、セイリュウに町を見せることが出来た。セイリュウにとって、園長の真意は理解できても到底許されるものではない……そんな瞳で、園長を強く見つめた。


「……私は神のフレンズです。パークが平和であれば、私はただそれだけでいい。ましてや、”自然”しかなかったこの地をヒトの手によって開拓することが出来た……私たちは、よほど大きな災いがなければただ何もせずに見守るだけでいい。あなたのやったことは出過ぎた気づかいでしかありません。肝に銘じなさい」

「……はい」

「それとね」


 キッとした眼光が鋭く光り、園長を強く睨みつける。


 だが、園長も強く見つめ返した。怒りや反省を促す威圧感を帯びた視線にも「自分は間違っていない」という信念がありありと溢れている。


 その時、セイリュウの目は”神としての目”をしていなかった。


 これまでにかかわって来た”フレンズたちと同じ目”だった。


「子供のあなたが私に対してそこまで気にかけなくていいの。無理して変に気を使わないでね」

「……セイリュウ」

「フレンズたちのやっている事や研究員の人たちが自分のやりたいことを優先して、それが他のみんなを守るように私もあなた達を見守るために存在している。四神として生まれたからではなく、”四神”としても”セイリュウ”としてでもなく、一人の”少女”としてあなた達を見守りたいと思っているの」


 気づけば、園長は自分が抱きしめられている事に気付いた。彼女の胸元に顔をうずめながら、園長も強く抱き返していく。


「学校で友達を作って、たくさん勉強しなさい。大人になって、立派な姿を見せに来なさい。一人でちゃんとしっかり立てる大人になって……私を安心させてね」

「……うん」


 夜が更けて、たった二人きりの部屋の中。


 一人の少年が一人のフレンズと約束を交わして眠りについた。


 それから数日後、たびたびパーク内のとある場所でセイリュウの姿が目撃されていた。高い場所に佇み、その目は都市部の方に向けられている事が、見かけたフレンズの報告で判明した。


 彼女の腕には、きまってブレスレットのようなものを大事に身に着けていたそうだ。


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