園長とセイリュウ(前編)
暇つぶしのつもりで足を運んだカラオケ店は顔見知りと行けば思いのほか時間を消費できた。
普段は学業に身を捧げ、時に行事ごとのイベントを楽しむ青春真っ盛りの若者としては四神市は刺激的な事柄に事欠かない。フレンズとサンドスターの研究が進むこの都市では、市内でフレンズが歩くところを良く目撃するし、彼女たちの不思議さを間近で見ることが出来る。
ただ、そんな美少女たるフレンズと自分たちが関係を持てるかどうかと言われると別の話なのだが……
「なぁ、これからデパートに行かねぇ? 新しい洋服とか買おうかなぁって思ってるんだけど」
そんな話を聞かされても困るだろと思うしかない。こうやって集まったのは暇を持て余してる同士で遊ぶためなのだし、わざわざ男所帯で洋服を買いに行こうなんて言われても彼女と行けよと言い返すしかない。
そう思って頭の中で思ったことを言ってやったら「そんな彼女がいたらンなこといわねぇよ……」などと言われてしまって「ごめん……」というほかなかった。本当にすまない。
市内にフレンズはいる。学園に行ってもフレンズはいる。だが、そんな彼女たちと異性としてのお付き合いをするには”もろもろの手順”を踏まなければならないし、何よりも最終的には俺たち自身に異性としての魅力が求められるのだから身もふたもない。
さて、そこまで思案すれば俺たちには男同士の汗臭い青春がお似合いだと思うだろう。
あの時、町の中で見かけた女の人を見るまでは。
「……えっ」
視界にかすめたその瞬間だけで、胸の内が高鳴るのを感じた。
さざなみを立たせる川のような長髪、ゆったりとしながらも威厳のある瞳、女性としての理想的な抱擁感のある豊満なボディライン。これほどまでに魅力的な異性としてのパーツを備えながらも、その少女には”獣らしきパーツ”がない……なのに、人間離れした美人が歩いていたのだ。
一緒に歩いていた悪友たちも口々に「やっべぇ、美人……」「うわ、むねでけぇ……」なんて口々に言葉を漏らしている。でも俺は言ってないから、きっと俺だけは紳士のままだ。
遠ざかる彼女の背中を見た瞬間、この場で逃してはいけないと思った。鈍い色の青春、どうせならあざやかな一点を残したっていいじゃないか。
「あ、あのっ!」
「……なんでしょうか」
「その、暇してる? お茶とかできれば」
「暇じゃないから話しかけないで」
冷たい。氷刃とさえいえる声色が有無を許さず俺を退けた。
気づけば彼女はすでにスタスタと歩みを止めることさえしていない。誰かに話しかけられてませんでしたと言わんばかりに堂々とした歩く姿には敗北感を通り越して尊敬の念を抱いてしまう。
戻れば悪友だと思っていた連中が「ま、しょうがないよなぁ……」と言った様子で俺を受け入れてくれた。レベルが高すぎる美女に対して、それに挑んだ俺の事を笑う気持ちにはなれなかったそうだ。ありがとう、一生友達でいような。
ただ、そのうちの一人が「おススメの本を貸してやるから」と言われて軽蔑した。それはそれとして借りてみたら好みだった。
※
「今日だけで五回も話しかけられたわ」
「そりゃあキレイな女の人を連れて歩いていたらそうなるでしょ」
ふぅんと軽く受け流しながらもわずかに赤らむ頬が歓喜とは言わずとも悪い気はしないのだと気づいた。
腰にまで伸びる青色の長髪は澄んだ川の瑞々しさが流れるさまを連想させる。ゆるく垂れている両の目は穏やかに見えても、深く奥にある眼光までは隠しきれない。群青色の濃い制服を纏い、はためく風にため息をこぼしながら町の中を見つめていた。
少年はそんな青色の少女と談笑しながら、人の営みを説明している。わずか小学生ほどの子供が、自分よりも高校生ほどの少女にあれこれ話しかけている様はまるでわんぱくな弟と落ち着きのある姉と言った様子だ。
だが、この二人の関係はそうではない。
「それで? 今日はどこへ連れてってくれるのかしら」
「アウトレットモールだよ。聞いたことくらいはあるでしょ?」
「……あるかもしれないわね。聞きかじった程度だけど」
その聞きかじったというのはどのような形でだろうか。
彼女は”耳”がいい。その身に秘められている神としての力は身近な場所だけでなく、町、いやへたしたらパーク中の雑音すら拾いかねない。
「ショッピングモールと違って、屋外に開けた場所にあるんだ。そこのモールでは建物が洋風の建築物が立ち並んでいてまるで外国みたいなんだよ」
「ふぅん……パーク内にある”じゃぱりよいち”とはどう違うのかしら?」
「見てからのお楽しみって感じさ。ほら、見えてきたよ」
交差点の向こう側に近代建築物のビルが立ち並ぶ中、異彩を放つ異国風の街並みが広がっている。そこからは海外の露店のごとく、にぎやかに華やぎ、暇そうだった彼女の瞳もわずかに輝いて見えた。
「……へぇ」
「どうかな”セイリュウ”。暇はつぶせそう?」
「ま、期待しておきましょう。あなたが言うならね、”園長”」
つっけんなどんないい口を放つ口元が不敵につりあがった。
アウトレットモール内での散策は彼女にわずかばかりの刺激を与えたようだ。市内でにぎやかに飾り立てられた露店と生活するための合理的さよりも目を楽しませる町並みに目を慌ただしくさせている。この時の彼女はさながら都会に目を奪われる純朴な少女だった。
露店の人からはサービスと言われて買うものを安くしてもらい、弟さんにもと少年にも渡された。やはり傍から見れば園長とセイリュウの関係性は一種の姉弟のように映るらしい。
ただ、ヒトによっては「息子さんにもどうぞ」と言われたりして、セイリュウの顔が引きつった。
「いいわね、”みたらしだんご”」
「だろ? 町の食べ物だって結構うまいでしょ?」
「ええ、そうね。でもこんなのばかり食べてるわけじゃないわよね、あなた」
ぎろりとセイリュウの目が園長に向けられる。
「育ちざかりとは言え、栄養バランスを心掛けなければすぐにその体を崩しますよ。特にあなたは子供なのに一人で暮らしているんですから」
「だ、大丈夫だって。たまにフレンズのみんなとかが家に来てくれるから食事は取ってるって」
「……そう、ならいいわ」
ホッとした顔つきで彼女はだんごを口に運ぶ。栄養云々は本音だろうが、食べるものに関しては好きな物を食べてもいいと思っていた。
彼女が本当に案じているのは園長の食生活だ。彼女自身は他者に頼り切ることなく、自分の足でしっかりと生きられる者を好む。かつてはそんな少年の下で力を振るったセイリュウにとって、自分を利用する少年が強き者でなければ納得できないのだろう。
実力に裏打ちされたプライドが、園長に対して強き者でなければ納得できない。それが、彼女が思い浮かべた真意の”一面”だ。
「……こんど、行ってもいいかしら」
「? うん、いいよ。どうせ暇してるしさ」
「……ふぅん、そう。まぁ、うん、楽しみにしておくわ」
家に遊びに行きたいのだろうか。園長としては見知った顔が来てくれることは大変喜ばしいし、ましてやパークの中できびしい環境に身を置くセイリュウがわざわざ足を運んでくれるのだから歓迎しないわけがない。
ただ、彼女としてはすこし感情を表に出すような真似をしてか、ちょっと照れくさそうにしている。
「……にしてもまぁ、あんな高校生くらいの相手によくいろいろ言ってのけたなぁ」
「風が吹けば飛ばされ、地が揺ればまともに立っていられない者共なぞ、たとえ”力”がなくとも取るに足らず。それが自分の力で超えると言うものです」
腕にはめているブレスレットを見つめながら、なんてことはなくつぶやく様子に彼女がパークに存在する強者たる”龍”であることを連想させる。
腕にはめているブレスレット……彼女専用のサンドスター・デバイスが中央にはめ込まれた”人口コハク”が鈍い輝きを放つ。わずかな大きさの石だが、はめているブレスレットその物と合わせることで彼女自身の力を抑え込んでくれているのだ。
ゆえに、今の彼女は”フレンズ”とは思われなかった。特徴的な”龍の耳”と”龍の尾”もなく、深い青の制服を纏った水色のロングヘア―の少女でしかない。あの青年たちがセイリュウに対してナンパをしようとしたのにはそういうわけがある。
ましてや、今ここにいるセイリュウが”神のフレンズ”である”四神”とは夢にも思わないだろう。
「……すばらしい出来ね、これ」
「カコさん特性のサンドスター・デバイスだからね」
セイリュウが取り付けているデバイスは、フレンズの”フレンズ化の維持”と”力の抑制”を目的としたアイテムである。
本来、フレンズはジャパリ島から離れればフレンズ化が解けてしまう。彼女たちのフレンズとしての肉体はサンドスターによって満たされた島の中でこそ維持できるのであって、島から離れれば元の動物に戻ってしまう。
ゆえに、このデバイスがあればフレンズは島の外でも活動できるのだが、ここは島の中だ。本来であれば身に着ける必要はない。
「でもあなたも変なことを頼んでくるものね。実験に付き合えって」
「うん。でも言ったら頼んでくれたじゃん」
「……ええ、そうね」
園長の言葉にセイリュウはつまらなそうに答える。
セイリュウがパーク都市部に出かけることになったいきさつは、園長がジャパリパーク動物研究所を手伝おうとしたことがきっかけだ。研究所で開発された新型デバイスのテストとして、セイリュウに手伝ってもらおうとしたのだ。
昨今、フレンズが本土でも活動できるかというテストが盛んに行われている。島の中でしか活動できない彼女たちの行動を島の外でも出来るようになれば、パークのプロジェクトは前以上に大きくなる。それは、ひいてはフレンズたちの生活や彼女たちの存在を守ることに繋がるのだ。
だから、パークの平和を願うセイリュウとしてはこのことに断るつもりは毛頭なかった。彼女もまた、パークの平和を願う一人なのだから。
――だからこそ、彼女はむっとした顔で園長に告げた。
「園長、いますぐにあなたの家に案内しなさい」
※
女王事件が終わってから、身元不明の少年である園長はパーク都市部の住宅街にある一軒家をあてがわれた。
たった一人の少年に対し、二階建ての一軒家はあまりにも大きい。私室にしている部屋は二階の一部屋だけだし、一階のリビングやキッチンなんて訪れた知り合いのフレンズや職員くらいしか利用しない。
が、今はとんでもない大物ゲストが風呂を借りてひとっ風呂に身を浸からせている。
(な、なんで……?)
何でと考えても答えは出ない。家に行きたいと言われて「あ、はい」と一つ返事で了承し、家でセイリュウの夕食を平らげ、自分から風呂掃除したセイリュウが「入りなさい」と言ってきたので一番風呂を譲ってもらい……今に至る。
ベッドの上に腰をかけて、なぜこんなに緊張をしているのだろうかと悶々と頭の中で巡る。
壁にかけられた時計には一般的であれば就寝時間に差し掛かっているが、いつもであれば夜更かしをしてゲームに明け暮れるお楽しみの時間なのだ。
「待たせたわね」
声と共にふわりとせっけんの香りが鼻をくすぐった。水色の髪がシャワーによって濡れて光り、肩にかけたタオルで拭っている。
「あ、あの、セイリュウ……」
「何をしているの? そろそろ寝なさい?」
「あ、ああー……はい」
言われることはわかりきっていたが、やはりそこはセイリュウ。就寝時間ともなれば夜更かしは許してくれない。
考えてみれば、彼女は園長の普段の生活を気にかけていた。きっと、今夜だけでも夜更かしさせないために泊まりに来たに違いない。
観念して寝る事にする。二階には私室とは別に、使わないままの部屋をお客用に残してある。その部屋に布団を運び込もうとした瞬間、ごく自然に、当たり前とばかりにセイリュウが布団の中へともぐりこんだ。
「……はっ? え、あの、セイリュウの部屋……」
「何をしてるの? 夜中に起きるのを許すと思ってるの?」
「や、そうじゃなくて、セイリュウの部屋は」
「ここがあなたの部屋でしょう? ほら、はやく入りなさい」
布団に入ったセイリュウは掛布団を持ち上げ、ぽんぽんと叩いてる。はやく入って来いとばかりに。
これは、つまり、だから、そういうことだ。一緒に寝ろ、ということだ。
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