バトンタッチ
「……どうぞ。サイダーくらいしかありませんが」
「いいですよそんな。オレみたいな子供に気を使わなくたって」
「ええ、まぁ、その、えぇ……」
気にするな配慮しなくていいと言ってくるほど、こちら側としては気を使わざるを得ないと暗に言いたくても言えないのだ。相手が子供ゆえに察してほしいともいえず、濁しながらもサイダーを置いた。
今、目の前にいる少年はかつての女王事件にフレンズを従えながら解決した功労者であり、我々が知らされなかった閉鎖されたパーク内での戦いを生き抜いた先輩同然の人間なのだ。しかも、彼自身の存在がパーク側にとっても秘密裏に招いた極秘中の極秘という生きた重要機密であるならば、本土で平和に暮らしていた一般人がおいそれとぞんざいに扱ってくれてもいいと言われても適切な判断なんて選びようがないのだ。
探検隊の隊長になってから愛用しているテーブルとソファ。座らせてしまえば足先が若干届かないのが、彼自身がまだ子供であることを思い知らされる。
「隊長さ……あー、えっと、○○さんだっけ。たしか、”ジャパリパーク第一保安調査隊”の」
「……ええ、そうです」
「○○さんはもうここに来てどれくらい経つっけ……」
「まだ半年くらいですよ。隊員はあんなに増えたけど、こうして振り返るとあっという間ですね」
ジャパリパーク保安調査達。ジャパリ島の中ではパーク都市部にあたる”四神市”や遊園地となる”ジャパリパーク”などを除けば、パークサファリと呼ばれる自然区域となっている。いわゆるキョウシュウ、ゴコクと呼ばれる部分がここになるのだ。
島の中はとても広い。日本列島を円形状にしたような外見している島はさすがに本土ほどの広さはないモノの、パーク運営本社としては管理するにしても”目”と”手”が足りないと言わざるを得なかった。それほどまでに島に対して、管理するには手が余るほどだったのだ。
なにより、懸念しなければならない点として”セルリアン”の存在は放ってはおけなかった。
セルリアンの力はあまりにも強力であり、いくらフレンズの力が特別とはいってもその力には限界がある。実際、フレンズたちの大半は戦えないものも多くあり、園長のおまもりによる力の底上げがなければ戦えない者もいるのだ。
ヒトが広い島の中を管理できず、森や山に豪雪地帯もあって……各所がそれぞれ違う気候や地形をしているがゆえにセルリアンを見つけるのは大変困難。
さらに、恐ろしい事にセルリアンはフレンズの輝きを捕食し、さらなる力を身に着けるのだ。戦えないフレンズがセルリアンと接触し、戦う事すらできずにセルリアンに力を与えてしまうと言う最悪のケースすら考えられる。そうなれば、かつての女王事件の再来だ。
そこで、パーク運営本社は考案した。ならば、”園長”を増やせばいいのだ。
「おいしいね、このジャパリパン」
「ええ、でしょう? サイダーやチップスもあるからたくさんどうぞ」
「いや、いいや。食べ過ぎると夕飯が入らなくなっちゃうから」
遠慮がちになって断る姿に隊長は思わず笑みをこぼした。こうしてみれば、やはりこの子は幼い少年なのだ。
……こんな幼い少年を危険極まりない死地に向かわせたことを、パーク側はどう思っていたのだろうか。末端である自分にはわからないだろう。いくつかある”末端”の内の一つでしかない自分には。
パーク側が考えた園長を増やす計画……それは、彼の所持している”おまもり”を人工的に作り出し、おまもりを所持する”園長”を複数人、本土で採用すればいいのだと。
おまもりの力はフレンズだけでなく、パーク側も理解していた。このおまもりがあれば、戦えないフレンズは未知なる力を引き出され、強大なセルリアンに立ち向かえるようになる。
作り方は簡単だ。元々、ジャパリ島には時おり装飾品が出土されることがあり、それらのアクセサリーにはサンドスターによって力が秘められた”特別性”となるのだ。実際、女王事件が起きた際にはフレンズたちはこのアクセサリーを身に着けて力をつけたこともあり、戦闘においては有用性があると証明されている。
パークでは四神市の工場でお土産コーナーで(戦闘においては使えない廉価版として)販売されており、これらの技術を応用すれば”人工おまもり”が開発できることは可能と言えた。
「隊長さんのおまもり、すごいよなぁ……それが新世代型なんだね」
「え、ええ、まぁ……なんか使い方はいろいろと違うみたいですけど」
園長が所持するおまもりと隊長が所持するおまもり。どちらも丸い枠にレンズがはめられたようなアクセサリーだが、利用できる能力としてはまったくの別物だ。
園長が所持しているおまもりには”けもリンク”と呼ばれる特殊な力が備わっている。フレンズは性格も多種多様だが、その身に宿した能力も多様にわたり、各々の秘めている力を呼応させ、”けもパワー(KP)”を高めて”フレンズの技”を発動させる。その力を一つにまとめ上げた合体技が”けもリンク”である。
もう一つは彼女たちに指示を送るために”テレパシー”だ。
戦闘においては園長はジャパリバスに乗り、そこからフレンズたちに指示を送っている。力を引き出すための役割があるためとはいえ、園長くんは自ら死地に赴かなければならない。そうなれば、彼女たちの戦いは必然的に園長を守るための戦いとなり、バスを防衛しながらセルリアンの殲滅を頭に入れておく必要がある。
さて、そうなればフレンズたちには園長の言葉は届かないだろう。乱戦ともなれば、彼女たちに声が届くか分からない。
そこで、おまもりによる”テレパシー”の出番となる。おまもりを通し、園長自身の念をフレンズたちに送る。そうすることによって乱戦の中でも彼女たちに攻勢、撤退などの指示を出すことが出来、適切な場面で技の使用を許可できるのだ。
それに対し、隊長たちの持つおまもりはかなり勝手が違っている。
彼らの廉価版ともいえるおまもりは技を好きなように選ぶことが出来ず、ランダムとなっている。得意技を引き出す”ビート”、力を溜める”アクション”、自身のエネルギーを高めて攻撃の威力を溜める”トライ”となる力が三種類となっている。これは、おまもりその物の仕組みが研究所の技術ですら全容を解明できない、まさにコピー品なのだ。
「あのスタッフカーすっごい頑丈だよね。いいよなー、うらやましい。オレん時なんかもっとぼろかったんだぜ?」
「あ、あはは」
実感がこもってる言葉に隊長は顔を引きつらせる。実際、彼は命がけの戦いの中にいたのだから説得力がある。
現在、隊長たちが乗っているスタッフカーはとても頑丈である。一部の守護けものと連携した耐久試験やパーク側の技術が込められたスタッフカーはちょっとやそっとの巨大セルリアンによって破壊されることはない。
これに対し、女王事件当時の園長くんたちが載っていたジャパリバスは悲惨その物だった。冒険の最中、改造することはちょくちょくあったモノの、バスその物がセルリアンによって耐えられるようにするには難しいものがあった。ゆえに、彼女たちは防衛面を気にしなければいけなかったのだが……
……これは、当時のパーク上層部が女王事件に対し、園長にそこまでの期待をしていなかったと言う部分がある。倒せたならそれでよし、倒せなかったらサポートしているパークガイド共々”いなかった”ことになる。半ばパークを見捨て、プロジェクトそのものを破棄することを予定した物の、まさかの大戦果をあげ、パークは無事運営される運びとなった。
閑話休題。さて、そうなれば隊長たちのバスはどうなるだろうか。パークを無事に運営できるならば、怪物であるセルリアンからはヒトを守れるようにするしかない。ならば、防衛面となる探検隊に力を注がないわけにもいかないのだ。
これは、隊長たちの持つおまもりが園長の持っているおまもりと違って”テレパシー機能”がないのも関係している。今となっては背後にあるスタッフカーを気にする必要はなく、いざという時の指示と撤退はいらなくなったのだ。外にいる彼女たちの力をおまもりによって引き出し、いざ危険と判断したらスタッフカーに備え付けられたスピーカーで”逃亡”を指示する。これが、どこの探検隊も取っている作戦だ。
戦い方も、現状の環境もすべてが変わった。
「……その、学校は楽しいですか?」
「楽しいよ。オレは元々、記憶もなければ住んでいる場所も分からないしさ……学校って、こんな感じなんだなぁって思って……」
遠くを見つめながら途方に暮れるその様は、若干十歳とちょっとの少年がするにはあまりにも深みを宿している。
彼の存在は、あまりにも謎に包まれている。戸籍はなく、記憶もなく、ただパーク創始者が事件解決とフレンズと絆を育める人物だからというだけで存在している。
これについてはパーク上層部も頭を悩ませた。時間解決の功労者であるならば、その功績を称えて金を与えるなりすればいいのだが、問題なのは得体のしれない、それも戸籍のない子供が事件を解決したなんてことが世間にバレればパークはどうなるだろうか?
その結果、パーク上層部は女王事件そのものをパーク内で適切に処理したことになり、園長たちの当事者の中でしか残らなくなった。園長と従ってくれたフレンズたちの活躍は、どこのしれない大人たちの功績として、今もどこかでパークの宣伝として輝いている事になる。
さて、後はパーク運営、ひいては残るセルリアンと次代の女王事件を引き起こさないためには……園長という存在を隠しながら、パーク内を見て回ってくれる者たちに戦ってくれればいい。それが、今の隊長たちだ。
この真実を知る者は探検隊に採用された隊長たちとパーク内で働く一部の者しかいない。あまりにもパークの根幹の部分に触れる情報のため、これらを知る者はわずかだ。
「……さっきのドールやミーアキャットだよね。初めて見たよ、あの子たち」
「園長……さんも、ドールやミーアキャットといっしょに?」
「うん……と言っても、似ているのはミーアキャットだけだね。俺の知っている子(固体)のドールはカタコト英語でもうちょっと大人っぽい子だったんだ」
「……みんな、いい子ですよ。こんなボクのために戦ってくれている」
現在、探検隊に参加しているフレンズの大半が女王事件を体験したフレンズばかりだが、中には女王事件後に生まれてきたフレンズも参加し始めている。
昔と違って、今は同種別個体を増やしても大丈夫な環境が整い、あのころとは違って同じ動物でありながらも個性的な子も増えている。
ミナミコアリクイは妹が出来たと喜んでいたけれど、アムールトラは自分よりも大人びた妹が出来たと苦笑いを浮かべていた。中にはリョコウバトのようにあまり外見が変わっていない個体もいたらしいが……とりあえず、平和的にやれているらしい。
「……」
「オレさ、皆と出会えて、みんなと一緒に遊べてよかったって思ってるんだ」
「……そう、ですか」
「今は探検隊で忙しそうだけどさ、ほかの隊長さんたちも良い人そうだし……頑張ってほしいって思うよ。このパークを守るために」
本当に、本当にそう思っているのだろうか。
この人の、この少年の功績はこの世に残らない。残ったのは秘密裏に処理をしたいがために、いつまでも秘匿され続ける。パークが運営され続ける限り、彼の運命は、その人生はこのパークの中でうもれていくことになるだろう。家や学校に通わせてもらい、仕事先も紹介されるだろうが、人ひとりの人生を縛り付けるにはあまりにも重すぎる。
なのに、なのにこの少年は、本当にみんなを、フレンズの幸せを願って……
「隊長さん」
「あっ……」
いつの間にか手を伸ばしていた。
その手はあまりにも小さかった。握れば潰してしまいそうなほどに、自分の手の中ですっぽりと納まってしまいそうなほどに。
その手には、いくつもの願いが込められている気がした。
「今のオレが出来ないことを、今のあなた達が成し遂げてください」
「……っ! えぇ、もちろんです……」
隊長は、その手を強く握り返した。
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