第24話 side:とある騎士の一行

 俺の名前はハヤブサ、騎士隊長を務めている男だ。


 今日の俺の仕事は、王都周辺の定期パトロール。

 騎士三人と治癒要員の聖女二人を連れ、王都の外れの森を巡回しているところである。


「はぁ……ったく……」


 森の中を歩きながら……俺はため息をついた。

 理由は一つ。

 今日の巡回メンバーの中に、一人足手まといがいるからだ。


「何で俺があんな顔だけの野郎を連れてかにゃならんのか……」


 その男は……顔立ちだけは奇跡的なまでに整っているものの、騎士としては悲しくなるほどパワーもスピードも乏しく、剣技も拙い。

 昔はモテていたらしいが……皆に「顔だけ」と馬鹿にされるあまり女嫌いを発症し、全ての女との関係を断ち切ったというのだから哀れなもんである。

 俺としてはむしろ、開き直って男娼の道にでも進んでくれれば良かったのだが。


 とにかく……俺としては、討伐対象となる強い魔物が出現しないことだけが、今日の願いである。

 強い魔物が出てこなければ、足手まといがいようが、全員無傷で任務を終えられるからな。


 だが……そんな俺の願いは、届かなかったようだ。



「ギガターコイズモスか、厄介な……」


 俺たちの目の前に現れたのは……ギガターコイズモスという、巨大な蒼色の蛾の魔物。

 特殊な羽の動かし方で風の刃の全方位攻撃を起こしてくる、危険度の高めな魔物だ。


 当然、見つけたら駆除するのが俺たちの任務。

 俺が戦闘態勢に入るとほぼ同時に……ギガターコイズモスは、およそ昆虫のものとは思えない変な羽ばたきを見せた。


 全方位の風刃の予兆だ。

 それを見た俺は……地面を蹴って距離を取りつつ、咄嗟に攻撃態勢から防御態勢に切り替えた。


 飛んでくる無数の風刃を、次々と躱し、あるいはいなす。

 しばらくすると風がやんだので、俺は反撃に入ることにした。


 体内の魔力の動きを調整しつつ、型通りの軌跡で剣を動かす。


「クリティカルアタック」


 そして……俺は剣に魔法を乗せ、一瞬でギガターコイズモスをバラバラに斬り裂いた。


 ——クリティカルアタック。

 これは俺が唯一使える「超必殺技」だ。


 剣士は、魔力こそ持っているものの……魔法使いと違って、通常は魔法を使えない。

 だがそんな剣士も、ある一定の条件を満たせば、魔法を発動することができる。

 その条件とは、「体内の魔力の動きと剣技の身体の動きを上手く組み合わせ、魔力の軌跡で魔法陣を描くこと」。

 そうやって放たれるのが、剣士用の魔法——通常「超必殺技」と呼ばれるものだ。


 王国の騎士団で「超必殺技」を使えるのは、騎士団長を除けば俺ただ一人。

 故に……この「クリティカルアタック」は、ただの俺の十八番の技というだけでなく、俺の騎士隊長としての矜持でもあるのである。



 強力で有害な魔物といっても……災害級とかでもなければ、基本的には超必殺技で確実に仕留められる。

 だから今回の戦いは、俺がいたおかげで、割とあっさりと片付いた。


 だが……それでも、全員無傷・・・・とまではいかなかったようだ。

 例の足手まといが、片腕に深い切り傷を負っていた。


「トールさん、大丈夫ですか!? 今すぐ回復魔法を——」


 早速一人の聖女が駆け寄り、治療しようとする。

 だが——


「……いや、構わない、それより、先行くぞ」


 足手まといは、治療を拒んだ。

 ……やれやれ。


「なあお前、普通に考えてその傷だと出血多量でぶっ倒れるの分かるだろ? どんな理由であれ女と関わりたくないってのかもしれんが、お前の我儘で仕事を増やさんでくれ」


 普通に仕事に支障が出そうなので、俺はため息交じりにそう言った。


「…………はぃ……」


 足手まといは、しぶしぶ治療を受けた。

 それを見届けると……俺たちは、巡回の続きを再開することにした。



 ———この時、俺たちは知る由も無かった。

 この先に、俺が10人がかりでも倒せない凶悪な魔物がいることなど。



 ◇



 30分くらい歩いていると……ソイツは現れた。


 メタルリザード。

 岩山のような超重量ながらチーター並みの敏捷性を持つ、反則的な破壊力の凶獣だ。


 コイツの……特に騎士にとって厄介なところは、剣技が全く通用しないところ。

 単体で災害級かと言えば、微妙なところではあるのだが……「クリティカルアタック」でかすり傷ほどしか負わせられないという意味では、対峙する者にとっては災害級魔物並みの脅威だ。


 ——終わった。もう、この場にいる全員助からない。

 直感的に俺はそう悟り、その場で膝をついてしまった。


 メタルリザードは今、食いかけのワニに夢中になっていて、一見刺激しなければ逃げられそうだが……実を言うと、逃げるのは悪手だ。

 メタルリザードにとって、俺たちは「いつでも殺せるからとりあえずほったらかしにしている」だけ。

 もし少しでも逃げる素振りを見せれば、ワニを食うのを中断し、俺たち全員を殺しにかかってくるだろう。



 絶望的な恐怖の中、それでもそのことだけは皆分かっているようで……その場を動こうとする者は、一人もいない。


 ——タイムリミットは、メタルリザードがワニを食い終わるまで。

 俺は何とか打開策を見出すため……パニックになりそうで回らない頭を、必死にフル回転させた。



 とりあえず……全員助かるというのは、どう足掻いても不可能だ。

 誰かが犠牲になるしかない。

 つまり……みんなにやってもらうのは、「全員バラバラの方向に逃げる」ことだ。

 問題は、誰が犠牲になるかだが……「クリティカルアタック」は、有効打にはならないとはいえ……一発食らわせれば、メタルリザードを挑発することくらいはできるだろう。

 それでメタルリザードを怒らせれば、俺の粘り次第では、もしかしたら他の5人は全員生かして帰せるかもしれない。


 だが……散開するということは、聖女もそれぞれ単独行動させることになる。

 となると、仮にメタルリザードからは逃げおおせたとしても、彼女たちは別の魔物の脅威に晒されるのでは……?

 しかし、そのリスクを加味しても……この状況だと、それが最善手なのか。

 我ながら、情けないな。


 そんな感じで、俺は考えをまとめた。

 と同時に、メタルリザードは……最後の一口を、口に入れた。

 奴がそれを咀嚼したら、タイムリミット。行動開始だ。



 だが——作戦を伝えようと、口を開いた時。

 突如として……空から、三人の女性が舞い降りてきたのだった。



 ◇



 三人は……螺旋状の雷を発生させながら、その中を通ってゆっくりと降りてきた。

 一人は私服だが、その私服の子に抱きかかえられた二人は教会附属聖女養成学園の制服を着ている。


 全員同い年に見えるが……この子たちは、一体何者なのか。

 突然の出来事に戸惑っていると……私服の子は、取るに足らないものでも見るかのような視線をメタルリザードに向けた。


 そして彼女は、再び学園生二人の方を向くと……こんな言葉を口にした。


「二人には、入学式の時にショッボい雷魔法を見せて以来……結局、マトモな威力の雷魔法を実演せずじまいになってしまっていたわね。あそこに手頃な魔物がいるから……アレ相手に、少しはマシな雷魔法を見せておくわ」


 彼女はそう言って、メタルリザードを指差した。


 ……訳が分からない。

 なぜ彼女は、聖女養成学園の学園生相手にメタルリザードの討伐を見せようとしているのか。

 そして彼女のいう「ショボくない、マトモな威力の雷魔法」とは一体何なのか。

 そもそも彼女らが飛んでくるのに使った雷魔法(雷魔法で飛ぶというのもよく分からないが、そうとしか言いようのない現象だった)自体、宮廷魔術師が束になってようやく出せるほどの超高威力だったのだが。


 だが……それより俺には、もっと分からないことがあった。

 俺の直感が正しければ……この子は、寝込みを襲われても起きる事すらなくメタルリザードを倒せるほど、メタルリザードより圧倒的に強い。


 俺は一人ではメタルリザードに勝てないが、俺が100人くらいいて「クリティカルアタック」の集中砲火を浴びせれば、流石にメタルリザードとて蓄積ダメージで死ぬだろう。


 だが学園生を連れてきた女に関しては——どれほど強いのかさえ分からない。

 俺が1000人いれば勝てるのか、1万人いれば勝てるのか、それとも俺では換算不能なのか。

 俺の「強者としての勘」が、彼女はそれほどまでに次元が違う存在だと告げている。


 分かることはただ一つだけ。

 俺たちは、確実に助かるということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無才印の大聖女 〜魔術を極めた転生聖女はあらゆる超一流実力者から畏怖される〜 可換 環 @abel_ring

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ