第23話 魔法戦闘と範囲診断魔法
教会附属聖女養成学園を卒業してから、二日後。
私はシンメトレル、リレンザと共に王都の外れの平原にやって来ていた。
二人を連れてきた理由は二つ。
一つ目は、外部講師としての私への最初の依頼が、二人からの「魔法戦闘の実習に連れていって欲しい」というものだったから。
そして二つ目は、新しい精霊の経験値を集めるには、新しい精霊の魔力で戦う必要があるからである。
そもそも私が魔物を討伐する理由は、「精霊に討伐経験値を貯めること」だが……これには一つ、制約がある。
新しい精霊に討伐経験値を集めたければ、新しい精霊から借りた魔力で魔法を発動し、魔物を倒さなければならないのだ。
雷魔法を使えば、どんな強力な魔物も大抵倒せるが……そうして魔物をたおした際手に入る経験値は、ゼタボルトの元にしかいかない。
そしてゼタボルトの経験値は当然、前世の時点で既にカンストさせてある。
つまり、今の私には、雷魔法で強力な魔物を倒しに行く動機が皆無なのである。
というわけで、私は新しい精霊の力で倒せる魔物を狩っていくことになるのだが……そうなると、今の私にできることはシンメトレルたちとあまり大差ない。
であれば、どうせ実習依頼が来ているなら、それを同時に済ませちゃえばいいと考えたのだ。
実力が乖離しだす前に済ませた方が、二度手間にならないしな。
そんな事情から、私は今二人を連れ、手ごろな魔物がいる場所にやって来ているのである。
「二人とも、攻撃に使える魔法はちゃんと覚えてるよね?」
実際に戦闘に入る前に……私はそう聞いてみた。
まあこの実習を依頼するくらいだから、そこら辺は準備万端だろうが……一応、念のためだ。
「うん、大丈夫!」
「イナビルさんの教科書から、一個覚えてきたよ! ……通用するかはちょっと不安だけど」
すると、シンメトレルは自信満々に、リレンザは少し不安げに質問に答えた。
最悪ミトコンドリア・ヘルファイアを放てばいいシンメトレルは別として……リレンザの反応は、まあ最初は普通そんなもんか。
「まあこの辺には、大怪我を負わせられるような魔物は存在しないから。自信をもってやってごらん?」
私はそう返事をして、しばらく二人を見守ることにした。
すると……十秒ほど経って、二匹の魔物が左右から飛び出してきた。
「ファイアボール!」
まずはシンメトレルが、左から飛び出した魔物を炎の球で攻撃した。
炎の球の威力は、若干オーバーキル気味で……それを食らった魔物は、完全に消し炭みたいになってしまった。
「ミトコンドリア・ヘルファイア」を覚えさせた日、私はシンメトレルに「鍛冶を手伝ってきたなら、火属性を選んどいて間違いない」と語ったものだが……期待通り、経験と知識を結び付けて精霊に深い学びを与えられているようだ。
などと思っていると、次はリレンザが魔法を放った。
「フルオロドロップ」
対照的に、水属性魔法を選んだリレンザは……魔物に対し、フッ化水素酸の滴を一滴飛ばした。
……なるほど、最初に選ぶ属性攻撃魔法は、それにしたか。
私はリレンザが使った魔法を見て、とにかくセオリー通りだという印象を受けた。
水属性魔法による水溶液生成は、水溶液の種類によって難易度が変わるのだが……フッ化水素酸はその中でも、最も生成しやすい水溶液の一つ。
水溶液生成の難易度は、生成する元素の原子番号が水素や酸素から遠いほど上がるのだが……フッ化水素酸に含まれる「フッ素」は、酸素と原子番号が1しか離れていないからだ。
そのくせ、毒性は数ある猛毒の中でも指折り数えるほどには強い。
戦闘前の言葉通り、教科書的で初歩的な魔法で、堅実に仕留めようって感じだな。
フッ化水素酸が付着した魔物は……数秒間白煙を上げて苦しんだ後、息を引き取った。
「二人とも完璧よ! これなら、私が手助けする必要はなさそうだわ」
私はそう言って、二人に微笑んだ。
「想定外に強い魔物とか出てきたら、その時は私が対処するから。安心して戦いに専念してね!」
「「はーい!」」
二人は返事をすると、お互い少し距離を取って、それぞれ魔物探しを始めた。
……この分なら本当に、私も自分の戦闘に集中できそうだ。
「範囲診断魔法」
私は回復魔法の派生技で魔物探知を行うと、二人のテリトリーと被らない位置で、手あたり次第魔物を狩り始めた。
◇
「それじゃあそろそろ、お昼ご飯にしましょうか!」
昼過ぎになると……私は二人を召集し、一緒にお昼ご飯を食べることにした。
お昼ご飯は、ホーンラビットの肉の生姜焼き。
せっかくなので、ここで獲れた魔物をその場で調理して食べようってわけだ。
「二人とも……魔力が増えた感じはするかな?」
「なんか、そんな感じした!」
「これが……経験値で総魔力量が増えるって感覚だったんだね」
すると二人からは、前向きな答えが返ってきた。
……そう。
魔物討伐による経験値獲得、その意義は……精霊の魔力量そのものの増大なのである。
精霊と会話し親密度を上げることや、属性魔法の知識を教えることは、魔法制御力の増強や魔力消費効率の改善には繋がるが……魔力の総量は、討伐経験値を得ることでしか上げられない。
そのため、ある程度以上に実力を身に着けるためには、魔物を討伐して経験値を得ることが重要になるのだ。
……どちらかと言えば、戦闘経験と魔力量の相関が見つかってから、便宜上「経験値」という概念ができた、という方が正しいが。
そんな、大切な経験値獲得だが……二人ともそれをしっかり実感できているなら、何よりである。
そんなことを考えていると、肉がいい感じに焼けてきたので、私はそれを三皿に分け、食事タイムにすることにした。
「にしても……イナビルさん、一人だけ凄い勢いで魔物倒してたよね。あれ、何かコツあるの?」
美味しく食べていると……ふいに、シンメトレルがそんな質問をした。
「まるで魔物がどこにいるか全部把握してるみたいでさ。あれ、絶対目視以外の何かを使ってたよね?」
「ああ、そのことね。それなら、『範囲診断魔法』を使ってたわ」
そんなことまで観察してたんだ、と思いつつ、私はそう答えた。
「範囲診断魔法?」
「ええ。回復魔法の一つに、診断魔法ってあるでしょ? それをエリアヒールみたく広範囲に適応したのが範囲診断魔法よ。この魔法は……慣れれば診断結果から得た内臓の構成情報とかから、魔物の種類とかも特定できるようになるの。聖女が探知魔法を使うといえば、これが鉄板よ!」
「「へぇ〜」」
説明すると、二人は分かったような分かっていないような表情で相槌を打った。
……まあ、診断魔法を範囲化するのは少しコツがいるので、今の二人には習得まであと数か月はかかるだろうしな。
今この話を聞いても、まずこういう反応になるだろう。
この魔法は、回復魔法学の教科書の中盤あたりにちゃんと載せてあるので……そこまで進んだ時に、改めて習得に励んでもらうとしよう。
「それって、どれくらいの範囲まで探知できるの? ……イナビルさんなら、森の向こう側くらいまでは余裕?」
すると今度は……リレンザが、興味本位でそう聞いてきた。
「そうね……その気になれば、この大陸全土くらいは届くかな。もちろん、森の向こうくらいなら余裕よ」
「「た……大陸全土!?」」
答えると……二人とも揃いも揃って、素っ頓狂な声をあげつつフォークを落としてしまった。
まあ流石に大陸全土は、情報量が多すぎて脳がゴチャゴチャするのであまり意味もなくやりたくないが……森の向こうくらいまでなら、実演してもいいか。
そう思い、私は範囲診断魔法を、効果範囲を広げて発動してみた。
そして私は、診断結果をザックリ伝えようとした。
「……大した森じゃないわね。中心部にいるのもせいぜいエンペラーサーペントだし、中心部を挟んで向こう側にはメタルリザードもいるけ……ど……」
——だが。
診断結果に、とある緊急事態が映ったのを確認した私は……そこで言葉を途切れさせてしまった。
なんと……そのメタルリザードは、六人ほどの人々と交戦中のようだったのだ。
メタルリザード、決して大した魔物ではないのだが……今交戦中の人たちからすると、割とピンチな状況だろう。
そう察しがつくほど、診断結果から分かるメタルリザードと人々の力の差は歴然だった。
「どうしたの? 急に固まって……」
そんな私の様子を案じてか……シンメトレルが、私にそう声をかける。
その時……私は一つ、重要なことを思い出した。
そういえば私、入学式の自己紹介の時から今日に至るまで、結局まともな雷魔法を実演してないぞ。
キメラとの戦闘ははるか上空だったし……纏雷の極意は一瞬過ぎて、まず見逃しただろうしな。
リレンザに至っては、教室で実演したアレが未だに宮廷魔術師レベルと思っているかもしれないし……卒業する前に、少しはまともな雷魔法を見せておくべきだったのだ。
そして、メタルリザードが相手なら……「『本格的』の端くれ」くらいの魔法の実演には適してないと言えなくもない。
心残りなのがいつまでも続くのもアレだし……ちょっくら二人を連れていって、少しはマシな雷魔法戦闘を実演するか。
「ちょっとついてきてほしい所があるんだけど、いい?」
私は二人を、メタルリザードの居場所に誘うことにした。
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