第3話 神降臨

 ガチャガチャとドアを開ける音がした。旬にしては珍しく早めの時間帯だなと旬だとばかり思っていた私はパソコン画面から視線を逸らすこともせず、話しかけた。


「今日早いじゃん、英治くんまだ寝てる時間じゃない?」

「理恵子またそんな恰好で仕事して!」


 声で旬では無い事に気付きはっとした。知らない人の声ではなかったんだけど慣れ親しんだ母の声に驚いて背筋が伸びたと同時に慌てて画面から声のする方に向き直った。


「お母さん、明日来るって言ってなかった?」

「ちょっと予定変更して早めに来れる事になったのよ。父さんもいいって言ってくれたから。」

「そう」

「その恰好で一日中いるつもりだったの?もうちょっとちゃんとしなさい。」

「わかってるって」


 早速お小言を食らってしまった。明日はもう少しちゃんとした恰好してるつもりだったんだけどなぁ。パジャマ姿のままだった自分を母に見られてしまった事は仕方ない。自宅が職場だとこういう事って何も予定が入ってない時には普通だったりするんだけど、母はあまり良く思っていないことは解っていた。

 以前一人暮らしだった時、母が家に来て早々「朝起きたら着替えて生活のリズムを壊さないようにしなきゃ人間は堕落するのよ?」と言われた事を思い出す。確かその時もパジャマだった。それから母が来る時には気にするように気を付けてはいたんだけど、こう突然来られると普段の生活がバレてしまう。

 普段から気を付けてはいない事を気づかれたけど、それ以上は言わない母に心の中で「はい。堕落しちゃってます・・・すいませんですよ、ほんと。」と思いながら、着替えないと母の圧力に耐えられそうにないので「ちょっと着替えてくるわ」とそそくさとクローゼットに向かった。

 昔からそうだけど、母は無言の圧力をかけてくるのよね。一回言ったらそれ以上は言わないとこもそう。「わかってるでしょう理恵子なら?」と言われてるみたい。それで察してしまう私の事を母はよくわかってるんだろうなと思う時がある。流石母親だ。


 着替えてリビングに戻ると、母は、冷蔵庫に自分が買ってきたものをしまっていた。勝手知ったる娘の家である。それを私も特段気にする方でもないので全く違和感はないんだけど。


「旬くんは今日は来てないの?お土産買ってきたんだけど」


 あーあれは旬のお土産だったのかとちょっとがっかりしたけど、それも母らしくこれと言って珍しくもない。


「お母さんが今日来るって解ってたら言ってたんだけど、旬には連絡しとく。ていうか私にお土産は?」

「理恵子はいいでしょ別に珍しくもないものだし」


 ふんふんと上機嫌な母に一応聞いてみたけれど、予想通り当然私にお土産はないという。この母どうなんだろうね私ちゃんと愛されているんだろうか?旬には甘いから何かしら買ってくる。娘の私にはたまーに自分が気が向いた時に作った物を持ってくる以外殆どお土産を買ってくるなんて事はない。なのに旬は特別なのよね。それだけ旬がお気に入りだからなんだろうけどさ・・・。

 あぁと思い出したかのようにニヤッと笑う母の顔を見て身構える。この表情は私の嫌がりそうな事言いそうな顔だと。


「あ、でもお見合い話ならあるわよ?」


 ほら案の定。


「げ、そんなのいらない」


 うげーっという顔をした私を見ながらニヤニヤしてるし。


「解ってるわ。孫の顔も見せてくれない残念な娘だけど、娘は娘だもの。」

「はいはい。私いい母親を持ちましたよ!」


 笑いながらも、冗談だと解ってるから私も苦笑いするだけなんだけど。

 母は私のセクシャルを知っていてそれでもこんな事を冗談めかして言ってくる。母の性格からして冗談だと解ってるから言える事。昔よりは母との関係も良くなったんじゃないかなと思う。別に仲が悪かったわけではなくて、いつも私がウソをついていた感覚があったから。こういう話ができるのは、母にカミングアウトできたからだろう。これは旬がきっかけを作ってくれたおかげだから旬には感謝しなくちゃね。


 旬と離婚する前の話なんだけど、旬が「これ以上お姉様にウソつくのは嫌!私のせいにしていいから本当の事言おう?」って言ったのが切っ掛けだったんだよね。旬にとっては私の母は尊敬対象だし、その娘とグルになってお姉様を騙している感覚だったから耐えられなかったんだろうなと思う。旬の母へのリスペクトは異常だから・・・。

 私は正直気は進まなかった。カミングアウトする予定はこれからもずっとなかったわけだから。でも、旬だけを悪者にっていうのもよくないじゃない?だから、正直に私達の関係を話す事にした。私にとっては一世一代の告白だったの。母を前にしてドキドキして告白したんだよね。どんな反応が返ってくるのかわからなかったし、泣かれて最悪、「二度と帰ってくるな!」と言われるのも覚悟した。でもさ、このお母様何て言ったと思う?「親友同士でそんなセックスもできない相手と結婚してどうするのよ。あんたたちすぐ離婚しなさい!」ってぴしゃりと言い切ったの。私もさ孫の顔とか見せてあげられないとかはあったけど、田舎だし結婚してない娘より世間体的にも安心なんじゃない?と思ってたんだけど、「いいの?」って聞いたら「バツが一個ついてたら周りにも何も言われないだろうし、ちょうどいいわ」ですって。マジかっこよすぎな母親でしょ?私この人の娘で本当良かったと思ったわ・・・。


 暫く母と実家の話や今の私の事などを話していた。そしたら、旬が来た事がわかった。なんでわかったかって、「お姉さまー!」って玄関入るなり走ってくるんだもん。どんだけ母の事好きなんだって話よ。それに母も母で、「旬くーん!」って抱き着いて来た旬の抱擁に応じてるし。本当この光景普通ありえないでしょう・・・。言っときますけど、これ実母と元旦那の抱擁よ?


「何年も会ってないわけじゃないじゃん」


 呆れたと言えば、2人から睨まれるのも納得いかないんだけど。


「旬くんいつものやつ買ってきたよ」

「本当に?やったありがとう早苗さん。」


 2人の世界に入ってしまってるし、何だ?私だけ仲間はずれなんだけど。ちょっとむくれていた私に、2人してニヤニヤしてるしなんなの?


「あんたたちが離婚してよかったわ。」

「は?」

「だって離婚した事で旬くんがこんなに慕ってくれるの嬉しいものイケメンだし。息子っていうのは前以上に嬉しいわ」


 旬はカミングアウトした事で母に甘えまくる息子になっていた。母の言った通り旬はイケメンなんだよね・・・。黙ってたら女の子が放ってない位の顔立ち。それに身長だって178㎝だって言ってたし。すらっとしてて、生まれ変わったら旬になりたいなぁって思うもの。足もむっちゃ長いの。あーなんかムカつく。

 旬を実家に初めて連れて行った時、結婚することを報告したんだけど、母の旬への評価がすごく良かったのを思い出す。「今時の男子は草食系男子が多いのは知ってたけど、これだけイケメンでこんなに優しくて気が利く男子はなかなかいないわ。よく捕まえたわ理恵子!」と絶賛していたんだよね。

 離婚しちゃって今は実際息子ではないんだけど、それ以上に私の弟より可愛がられている旬。確かに、私と結婚していた当初は猫かぶってたんだよね。それは仕方ない事だったんだけど、お姉ぇ言葉では母とは話せないわけだし、普段の旬とは違うとこを無理やり見せないといけなかったんだから。その反動なのか今は息子より息子らしいというか。いや、若干娘に近いような気がしないでもないんだけど・・・。

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