3・新たな日常


 彼女が部屋に来て、何かあったかというと何もなく。というか何もできず。

 そのまま朝になってしまった。

 ベットじゃなくて床で寝るなんて久しぶりすぎて体のあちこちが痛い。今日が休みでよかった。

 そうじゃなきゃ俺は今頃机でひいひい言っているだろう。

 

 「んー。おはよ」

 

 彼女が起きてきた。

 自分を制するために着替えをさせてやれていないので寝にくかっただろう。

 昨日、彼女と会う前に買っていた酒を、飲まずにいるのももったいないと思って飲んだのがまずかった。

 彼女も飲みたいといって分けたらよほど疲れていたのかすぐに眠ってしまって。

 布団に運んだ後、なにもしなかった俺は誇っていいと思う。

 

 「あれ?私あの後そのまま寝ちゃった?」

 「おう、布団まで運ぶの大変だったんだからな。感謝しろよ」

 「わざわざありがとうございますっと。で、何もしなかったんだ。自分から泊めるっていうんだからそういうことかと思ったのに」

 

 彼女はおちゃらけて言ってくるが、勘弁してもらいたい。

 我慢するのがどれだけきつかったか。

 

 「そんなんじゃねえよ。毎朝会ってたやつにそんなことしたら罪悪感で死にたくなるわ。それに、そういうことは次に好きになったやつにでも言ってやれ。だいたいの男は堕ちるぞ」

 「んー、ここに惚れてくれない人がいるから信用できないよぉ。別にもう初めてでもないんだし、小林君のこと嫌いなわけじゃないから別にいいよ」

 

 ああ。嫌いじゃない、か。自惚れたくなるが、こいつはこういう言動が昔っから多いのだ。

 実際、5年前に俺に気があるのかと疑ったのはこういうことが続いたから。まあ、そう考えた3日後に彼氏がいると知らされて、そういう言動が多いだけだと思い知ったわけだが。

 

 「はいはい。で、今日はどうするんだ?今日は仕事あるか?」

 「あるけど、休む。確か急な仕事は入ってなかったし、今行ったらまたミスしそうだから。とりあえず荷物だけ引き上げてくるよ。これからどうにしろ、あそこに戻ることはないだろうから」

 「そっか、じゃあ荷物は一旦ここに置いておくといい。実家は遠いしどこか借りるにしても持ったまんまは面倒だろうから」

 

 ついでに休みだから手伝うと告げると喜んで受け入れてくれた。

 もしかしたら鉢合わせるかもしれないと少し心細かったらしい。

 

 

 さて、軽く飯を食べて来ましたるは元彼女の部屋。

 浮気をしたという元彼は前々から外せない仕事があると言っていたらしい。

 少し彼には悪いが好都合だ。

 遠慮なく回収させてもらおう。

 

 「思ったよりも少ないんだな。女の物は多いっていうからてっきりスーツケースでも足りないかと思ったが」

 「まだ越してきて一年たってないからね。あんまり服買い込む方でもないから」

 「そうなんか、まあ、これだったらすぐに終わりそうだな」

 「うん、ぱぱっと終わらせちゃおうか」

 

 本当に彼女のものだけしか持っていく気はないらしく、ほとんど部屋の中にほとんどものを残したまま、着替えや化粧品、彼女の趣味のものだったりをスーツケースにどんどん入れていった。

 結局、余裕でスーツケース一つで収まってしまったのは、ケースが足りて嬉しいというべきなのか、明確な彼女の私物がこれだけなのを悲しむべきなのか。

 なお、片付けてる際中に下着を持っても何も言われなかったのは言うまでもない。



 家と彼女の部屋は駅を中心とした真反対にある。

 駅の近くでは電車から降りてきた人と会うことも多いわけで。

 ちょうど彼女の元カレが下りてくるところに遭遇してしまった。

 彼女は俺を壁にするように隠れ、俺の服の裾をつまんだ。

 彼女の手は少し震えていた。

 

 

 そこからそさくさと家に帰ってきて現在。

 俺はいま彼女にハグされていた。

 いや、突然すぎるかもしれないが俺にもわからん。

 うつむきながらそういう彼女をほおっておけなく、そのままの状態で5分ほどたっている。

 

 「ねえ。小林君」

 「なんだ?」

 「このままここに住んでいい?」

 「なんでまたいきなり・・・」

 「怖くなっちゃって。このまま一人でいるのが。彼を見たらもう一緒にはいられないんだ、私は一人なんだって思っちゃって。一人になるのが、怖い。一人で起きる朝も、一人で寝る夜も。だからお願い、なんだってするから一緒にいて。私を一人にしないで」

 

 はっきりと言おう。微妙な感情しか浮かんでこない。

 彼女と一緒に住む。朝一緒に起きて、夜帰ったら彼女がいる、彼女を迎える、一緒に帰る。

 まだあきらめていなかったときはさんざんした想像。

 それが叶いそうで、当時なら死ぬほど喜んだだろうがこんな形では乾いた笑いしか出なかった。

「だめ、かな・・・」

 ああ、そんな顔で見ないでくれ。

 頼ってもらえている事実と、一緒に住めるという事が心を揺さぶってくる。

 何よりも、こんな子を放り出すほうが人としてどうかしているんじゃないかと思えてくる。

 そして、

 

 「いいよ、落ち着くまでの間なら」

 「・・・!ありがとう!」

 

 落ち着くまでといったが、要は好きなだけいてくれということだ。

 結局は人助けだ。そう思って自分を許すことにした。


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