第7話
「まるでサーフィンみたいだ」
「サーフィン?」
「水の波の上を板に乗って移動するスポーツです」
「ふーん。じゃあこれは、グラウンドサーフィンってところかしら」
「感覚としては、近いと思います」
景色は確かにそうだ。だが、実情をより正確に言い表すならば、これはベルトコンベアーだ。乗っているだけで、前へ前へと進んでいく。バランス感覚も必要なく、楽なことこの上ない。
俺は今、グラウンドダッシャーでラドンを目指している。リンドブルムを出発して、三十分ほど経った頃だ。辺りは草原と言うほど草木が繁っているでもなく、荒野と言うほど草木が枯れているでもない、まあ、平野と言った感じだ。そこをグラウンドダッシャーで移動している。
言うまでもないが、俺にグラウンドダッシャーは使えない。
隣には、セフィラが居た。
「では、大吾くん。君のパートナーについてだが……」
「……えっ? パートナーですか?」
「うむ。君にパートナーをつけるのは当然だよ。トロール討伐におけるサポーターとしてはもちろんだが、それ以上に、地理について分かる者が居ないと君としても困るだろう?」
「あっ、そうですね。うっかりしていました」
そりゃそうだ。リンドブルムの西にラドンがある、という情報だけでラドンに辿り着けるなら苦労はしない。ファミコンのRPGでさえ、そこまで単調ではない。
間違ったルートを辿って橋を渡り、謎の高レベルモンスター出現地帯に足を踏み入れないとも限らない。案内役は、絶対に必要だ。
「パートナーは、セフィラでいいかな?」
「…………へっ⁉」
「ん? セフィラじゃ、役者不足かい?」
「──いえっ! とんでもないです!」
おいおい。世界を救うための長旅ではなくとも、日帰りで済むような案件でもないだろうに。少なからず危険な討伐クエストであって、素性不明の男と二人になるわけであって……そんな旅に、躊躇なく娘を?
「じゃあ、決まりだね」
「はい……でも、いいんですか? その、娘さんを?」
「ああ、君が気になるなら、私の側近のゴンザレスにしようか? 彼は逞しい肉体とは裏腹に緻密で高度な補助魔法を──」
「セフィラさんでお願いします!」
とまあ、そんなこんな二択を経て、俺はセフィラと共にトロール討伐に赴いている。セフィラはセフィラでかなり乗り気のようで、たまにはラドンの栄えた空気を浴びたいとのことだった。もっと言うと、その意思こそが、今回の討伐に大いに関係しているようだった。
セフィラと一緒ということは、その移動形式も覚えのあるものとなるだろう。そう考えていた俺は出発の際、入念にストレッチをした上でセフィラにビルドアップをかけてもらえるようお願いした。
しかしセフィラは、やや困ったような表情を浮かべ、ごめんなさいと、俺に手を合わせてきた。その意味は、直感的に理解できた。
あんたにかけるビルドアップはねえ!
無論、そんな意味ではない。これは、ビルドアップをかける必要はないという話だ。
つまるところ結局、やはりス○夫だったというだけの、それだけの話だ。
「それにしても、これだけのスピードで移動しているのに見渡す限り平原のままですね」
「土地勘と障害物がないからそう感じるのよ。何箇所かのポイントは既に通過して、着実にラドンに近付いているわよ」
「一人だったら確実に迷子になっていましたよ……。それに、この魔法のおかげで景色を
「昨日は、本当にごめんね?」
「いやいや、セフィラさんの判断は正しかったと思いますよ。出会ったばかりでしたし。今こうして乗せてもらえているだけでも有り難いですから」
とは言え、やはりベルトコンベアーで運ばれているだけだと飽きる気持ちも芽生えてくる。最初こそ異世界の新鮮な景色に
このまま何事もなくラドンに到着するのが最善ではあるのだが、昨夜のこともあって、丁度いい雑魚くらいなら現れてくれても……なんてことを考えてしまう。
──なんてことを考えてしまったところ、いい意味で、フラグが成立したようだった。
「……ん? あれは──」
「──大吾、止まるわよ」
セフィラはグラウンドダッシャーを停止し、そのまま解除した。前方の上空に、翼と尻尾を生やした子供が見える。遠目でも悪魔のような顔をしていると分かる子供……つまり悪魔だ。
「セフィラさん、あれは?」
「あれは、デーモンよ」
「デーモン⁉ えっ、それって、もしかしてかなりヤバい相手なんじゃ……」
「一匹だし、大吾なら、問題ないわよ」
「そう、ですか……。あれは、デーモンの子供なんですか?」
「いえ、あれで成体よ」
ガーゴイルに引き続き、今度は空を飛ぶ悪魔か。しかもデーモンとはまた、なんとも魔法に長けていそうなモンスターだ。上空から強力な魔法を一方的に撃たれては、武闘家の俺は手も足も出ないだろう。
昨日までなら。
正直、今こうして落ち着いていられることに、都合の良さみたいなものを感じずにはいられないが、これも巡り合わせのようなものなのだろうか。
「デーモンの攻撃属性は?」
「風よ」
「僕にどうにかできる相手ですか?」
「どうとでもできる相手よ」
どうとでもできる相手、か。名前負けと言うか、デーモンの無駄遣いって感じだな。昨日のガーゴイルよろしく、数十匹の大群で現れていれば、話はまるで違っていたんだろうけど。
「じゃあ、僕がいきますね」
「空中殺法のお披露目ね」
「そういうことです」
昨夜、夕食と風呂を頂戴したあと、サンドラから水晶玉を手渡された。俺専用の水晶玉として使って良いとのことだった。
そして改めてステータスを確認するように促された。ガーゴイル十数匹のEXPがどれほどのものかと思ったが、それは想像以上のものだった。
俺のLVは25から30へと、一気に5も上昇し、重要なVITとAGI、STRもしっかりと伸びていた。
一方で、INTとLUCは相変わらず5のままだった。
運は分かるが、知力は……。魔法が使えなくても構わないし、お飾りのステータスでもいいから、マナフェリアの神様、INTも人並みの数値をください。これじゃあ、脳筋そのものじゃないですか……。
──だが! 素晴らしい、素晴らしいぞ!
ガーゴイルのEXPの多さも素晴らしいし、重要なステータスの成長も素晴らしいが、何より、新スキルの獲得とその内容が素晴らしい! それも二つ!
俺が喜びに打ち震えている中、俺のステータス画面をそばで見ていたサンドラの表情は、やはり親子だなと思わされるものだった。
サンドラへのお礼も兼ねて、セフィラにしたのと同じように解説をし、新スキルを軽くお披露目すると、それはもう、年甲斐もなく興奮していた。
この技一つで、俺の最大級の弱点が克服された。
「──いきますっ!」
ジャンプ!
からの……
俺は空中で、もう一度ジャンプした。
今の俺は一度のジャンプで、二メートル弱を跳ぶことができる。この世界における垂直跳びのワールドレコードホルダーだろう。
そんな俺が、空中でさらにジャンプができて、しかもスキルの発動に上限がない。……これはもう、チートみたいなものだ。
飛天脚!
飛天脚!
飛天脚!
飛天脚!
あっという間に上空十メートル。あと二、三回、今度は水平気味に飛天脚を使って近付けば……ほら、もう目の前には、呆気にとられたデーモンがいる。
空蝉!
旋風脚!
背後から3HITする回転蹴りで横に吹っ飛ばし──
飛天脚!
飛燕昇!
飛天脚!
旋風脚!
飛天脚!
落襲牙!
デーモンを地面に叩き落とす。
俺がサ○ヤ人なら、この一撃でデーモンは地面の奥深くまでめり込むところだろうが、まずそうはならない。物理法則通りにデーモンは落ちていく。
後を追うようにして自由落下しながら、デーモンの動きを注視する。やつが地面への激突を回避するために翼を羽ばたかせたところに、飛天脚キャンセル鷲嘴地崩撃を叩き込んでやる。
そう思っていたが、デーモンはそのまま力なく地面に激突してしまった。俺は慌てて飛天脚で落下速度をリセットし、鷲嘴地崩撃を打つことなく着地する。
見ると、既に絶命していた。そこでハッと気付く。
ガーゴイルでも虫の息になるのに、デーモンが耐えられるわけもないか、と。リンドブルムから離れて、勝手にモンスターのレベルも上がっていると錯覚していたが、防御力はどう考えてもガーゴイルの方が上だった。
結局、風魔法の一つも見ることなく終わってしまった。本当に、イレギュラーな存在だな、俺は。
「大吾、お疲れ様! すごかったわね、空中殺法!」
「空を飛んでいるモンスター相手でも戦えると分かって良かったですよ。まあ、思った以上に呆気なかったですけど」
そう言うと、セフィラは苦笑した。
「ガーゴイルの大群を一人で相手にした大吾だから言わなかったけど、本当はデーモンの実力って、ガーゴイルより少し上なのよ」
「……えっ、そうなんですか?」
「ええ。攻撃力はガーゴイルよりも高いし、空を飛んでいるから結構厄介なモンスターなのよ。普通なら」
「普通なら、ですか」
「そう。普通なら」
今度は、二人して苦笑する。
「さて。じゃあ、行きましょうか」
「そうですね」
再びグラウンドダッシャーに乗って、ラドンを目指す。
トロール……果たして、どれほどの相手なのだろうか。
もう一つの新スキルは、その時に試させてもらうとしよう。
首を洗って待っていろよ、トロール。
横文字だらけの魔法世界に転生したのに俺ひとり漢字だらけの武闘家 遥川貴斗 @akito_chronicle
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