第6話

「私が町長です」

「はい?」

「いや、失礼。私がセフィラの父で、このリンドブルムの町長を務める、サンドラ・リンドブルムです」

「大代大吾と申します。よろしくお願いします」

 

 町を襲ってきたガーゴイルの群れを殲滅した後、俺は再びセフィラの家(というかサンドラの家)に招かれた。今度はリビングのソファに腰掛けている。

 

 群れにトドメの一撃を放ったのはサンドラだったが、俺の功績も大いに認められたようで、その立場は相談者から来賓らいひん者へとグレードアップしていた。

 

 テーブルには、香り高いダージリンティーが置かれている。

 

 セフィラの父、サンドラは、いかつい風貌と渋い声の持ち主ではあるが、どうやら気さくな性格のようで、町の住人からも慕われている人物だった。

 

「それにしても大吾くん、本当に助かったよ。ガーゴイルは、この町にとって唯一の脅威でね。一人の犠牲者も出さずに済んだのは、君のおかげだよ」

「いえ、僕が仕留めたのは全体の半分に過ぎませんし、最後はおと──サンドラさんが居なければ危ないところでした」

「うむ。奴らはその外見だけではなく、生命力もまさに悪魔そのものだ。弱点である雷属性の魔法で炭にでもしない限り、油断はできないよ」

「肝に銘じておきます」

 

 実際、あのアイスレインは危なかった。

 俺だけであれば、そもそも被弾することはなかっただろう。しかし、俺の油断が原因で周りの皆や、何より、セフィラが犠牲になっていたらと思うと……。

 

 それに、もし今回の相手がガーゴイルを上回るモンスターだったなら、俺の命もなかったかもしれない。

 

 本当に、肝に銘じなければ。

 可能性は、無双天国だけじゃない。

 一瞬で、俺が殺される可能性だってある。そういう世界なんだと。

 

「だが、君の未知の力もまた、モンスター共にとっては恐ろしいものだろう。一度ひとたび君の力を知ったならば、たとえ逃げ延びたとしても、そいつはもう二度と君に近付こうなどとは思うまい」

「そう、でしょうか」

「ああ。この町の周辺に生息する全てのモンスターを対象に言うならば、私よりも君の方が脅威的だよ。君が人間で、我々の味方で、本当に良かった」

「あ、ありがとうございます」

 

 いきなりだが……この流れは、あれかな。

 特に目的がないなら、ってやつで。

 この町に住まないか、ってやつだろ。多分。

 

「時に、娘から聞くところによると、君はこの世界の外の住人で、この世界に来て間もないらしいね」

「……はい。セフィラさんに出会っていなければ、どうなっていたかも分かりません」

「うむ。ということはだ、現時点では特に目的もなければ、行動の指針もないわけだ」

「その通りです」

「そうか。なら──」

 

 これはもう、確定だろう。

 まあ、それもいいか。この町の雰囲気、気に入ったし。セフィラも……いいだし。

 

 町の防衛を担うエースとしてモンスターを撃退しつつ、悠々自適なスローライフ。うん、悪くない。

 

「なら──もっと広い世界を見てみたくはないかね?」

「…………えっ?」

 

 ──あれ?

 予想と、違う。

 えっ、どういうこと?

 

「お父さん、いきなり過ぎるわよ。大吾が混乱しているじゃない」

「うん? ああ、悪い悪い。すまないね、大吾くん」

「あっ……いえ、大丈夫、です……」

 

 いや、大丈夫じゃない。

 どういうことだってばよ。

 話の流れが検討もつかない。

 

「では、順を追って説明しよう」

「お願いします」

「まず、もし君がこの町に住みたいと願うなら、私はそれを叶えてやることができる。町長だからね」

「……はい」

「しかしだ。私個人としては、君にはこんな辺境の町に留まっていてほしくないとも思うわけだよ」

「……辺境の町、ですか」

 

 北に荒野、南に草原。東と西は分からないが、ここは辺境なのか。辺境というには、いい町だとは思うけど。

 

「そうだ。この町は、世界全体で見ると東北の隅に位置している。王都を中心に見るとね。この町よりも大きな街や都市なんて、この世界にはいくらでもあるよ」

「この町よりも大きな……」

「うむ。この町は名前からも分かるように、私の先祖が開拓した町でね。ここらはモンスターのレベルも低く、一番強いガーゴイルも雷属性の魔法があれば撃退できるとあって、長閑のどかな田舎なんだよ」

「あのガーゴイルも、レベルが低いと?」

「そうだ」

 

 ……信じられ、なくはない。覚醒したばかりの俺でも蹂躙できたんだから、そうと言うなら、そうなんだろう。

 でも……。

 

「でも……今回みたいな群れがまた襲ってきたら……」

「それなんだが──実のところ、今回の大襲撃はこの町にとって未曾有みぞうの危機だったんだよ」

「……えっ、じゃあ、尚更──」

「いや、逆なんだよ」

「逆?」

「あれだけの大群を一度に殲滅したとなると、この先、暫くはガーゴイルに怯えることはないんだ。あの数は、それだけの数だったんだよ」

「ああ……なる、ほど?」

 

 さらに話を聞いていくと、どうやら本来モンスターというものは単独行動が多いらしく、徒党を組んでも数匹がいいところなのだそうだ。十匹以上の集団、まして三十匹以上の大集団ともなると、相当なレアケースらしかった。

 

 また、そんなレアケースであっても、相手がガーゴイルでさえなければサンドラ抜きでも撃退できるらしく、それだけに、今回は最悪のイレギュラーだったらしい。

 

 そして俺の存在は、最高のイレギュラーだったと。

 

 ガーゴイルは大量に繁殖するような種族ではないらしく、今回のようなガーゴイルの大集団は、この先もう二度と見ることがない可能性も高いという。

 

 仮に大集団ではなく単独、もしくは数匹で現れたとしても、そこはこれまで通り、サンドラと息子のエレクが町に居れば問題ないとのことだった。

 

「しかし、ここ最近、世界中でモンスター共が活発化しているようでね。積極的に町や人間を襲ってくるようになったんだよ。今回の件も、あるいは、最初から大集団というわけではなかったのかもしれない」

「それで、僕が旅に、ですか?」

「いやいや、勘違いはしないでほしい。君に、世界を救うための旅に出ないかと提案しているわけではないんだ。君に広い世界を見てほしいと思う親心……老婆心は確かにあるが、それはさておき、個人的に一つ、頼みたいことがあるんだよ」

「頼みたいこと、ですか」

 

 なんだろう。

 町の工芸品を売った金で、祭りに必要な冠でも買ってくるのだろうか。その金で装備品を買ったりして。

 ……武闘家だし、つるぎは要らないが。

 

「この町の西に、ラドンという大きな都市があってね。そこの首長とは昔馴染みなんだ」

「ラドン……」

 

 リンドブルムに、ラドン、か。

 

「そのラドンは、物資も人材も優秀なものが集まる立派な都市ではあるんだが、モンスターもね、多種多様なものが周辺に生息しているんだよ」

「そのモンスターが活発化して、困っていると」

「うむ。ただ、防衛隊も精鋭揃いだからね。そうそう被害が出ることもないんだが、一種族、厄介なのがいてね」

「……それは?」

「トロールだよ」

 

 ──トロール。

 巨大で、怪力で、知能は低い、あのトロールか?

 しかし、ここは魔法世界だ。先入観は意図して排除するべきかもしれない。

 

「……そのトロールの、特徴を教えていただけますか?」

「うむ。まず、大きい。その巨躯きょくは、人間の三倍以上にもなる。そして重く、非常にタフだ。使う魔法は土属性で、ほぼ・・単独で行動・・・・・している」

「……多少の魔法を浴びせた程度じゃ、平気で向かってくるような相手、ですか」

「その通りだ。しかし、相手が一匹なら問題はないんだ。時間をかければ、手数で押し切れる。だが、時間をかけている間に二匹目が現れると……というわけだよ」

「なるほど……どうして僕に適性があると?」

「ふふん」

 

 サンドラは、おどけたように鼻で笑ってみせた。まるで、しらばっくれるなと言わんばかりに。

 ──半分以上は、当たっているが。

 

「君の力は、『一対一の状況でこそ最高のパフォーマンスを発揮する』、だろう?」

「……敵いませんね。その通りです」


 まさに、その通りだ。俺の力は、一対一に滅法強い。その場合、大きさも重さもさして問題ではない。


 当然、相手を浮かせた上にノックバックでずっと俺のターン、というのが理想的であることは間違いない。

 

 だが、一対一を前提とするのであれば、その理想は必須ではない。地上技だけでも、相手を完封することはできる。速くて重い攻撃だから、短期決戦にも向いている。


「私としても困っている友を助けてやりたいんだが、土属性のトロール相手では、私とて人海の一波に過ぎない。その点、君なら一騎当千だ。……どうだろう、引き受けては、もらえないかね?」

 

 ……確かに、この世界について俺はまだ、何も知らないままに等しい。ガーゴイルのおかげで、セフィラの説明も中断してしまったし。

 

 この世界の高みを見たわけでもなければ、勇者のパーティーから追放されたわけでもなく、どころか、この世界に着いて半日すらも経っていないんだ。

 

 スローライフを選択するには、時期尚早すぎる、か。この世界の栄えた都市を体験してからでも、遅くはないだろう。

 それに──

 実力を試してみたいという気持ちも、確かにある。

 

「……分かりました。トロール討伐の件、受けさせていただきます」

「おお! ありがとう、大吾くん! もちろん、お礼は存分にさせてもらうよ!」

 

 

 

 その後、リンドブルム家から一宿一飯の恩を受け、明朝、俺たち・・はリンドブルムの西口から、ラドンに向けて出発した。

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