第5話

「ガーゴイルの大群、僕に任せてください!」

「……えっ? いや、ちょっと、待って!」

「心配しないでください。問題ありません」

 

 そう言って、俺は町の入口から歩を進め、防御系魔法の外へと向かう。

 

「ねえ、ちょっと⁉ 本当に大丈夫なの⁉」

「大丈夫です! 今なら、負ける気はしません!」

「今ならって……あなた、ついさっき自分の力を自覚したばかりじゃない!」

「それで充分です! 僕の力、実戦でお見せしますよ!」

 

 さて、ガーゴイル共。お前らには気の毒だが、俺のサンドバッグ、いや、モルモットになってもらう。俺の力試しのために、やられてくれ。

 

『ビルドアップ!』

「……あっ」

 セフィラから、ビルドアップの魔法をかけられた。

 

 ……実験としては、バフはない方が良かったが──それでもやっぱり、その気持ちが嬉しい。

 一度振り向き、セフィラに笑顔で応える。

 

 さて。

 

 服装は……Tシャツは、問題ない。ジーンズは……少し気になるが、こちらも大きな問題はないだろう。ヨニクロのストレッチジーンズだし。十分に動ける。

 

 いくか。

 

 防御魔法の範囲内から完全に抜け、ガーゴイルの群れへと向かっていく。

 

 早速、アイスエッジが飛ばされてきた。

 

「不知火」

 煙のように避ける。当たりは、しない。

 次々と、攻撃が飛んでくる。

 

 不知火

 不知火

 不知火

 

 次々と、避ける。

 俺のこれは、魔法ではない。技だ。

 詠唱は、要らない。

 

 歩を進め、先頭の一匹のガーゴイルと対面する。

 フリーズランサーが、周囲に張られた。

 

「空蝉」

 フリーズランサーは、虚しく空を切った。

 俺は、目の前にいたガーゴイルの背後へと回っている。当のガーゴイルは、気付いてもいない。

 さて、ここからだな。

 

 まずは──ワンツー!

「ギャッ⁉」

 ──よし、いける。硬いが、俺の拳も痛まない。身体が変化している。

 

「──いくぞ!」

「気功波!」

 

 まずは、周囲を衝撃波で押さえつける。

 そして──

 

「旋風脚!」

 ターゲットを背後から回転蹴りでふっ飛ばし──

 

「飛燕昇!」

 高く蹴り上げ、追い越すようにジャンプする。

 

「落襲牙!」

 天空かかと落としで地面へ叩きつける。

 

 後を追うように着地すると、そのガーゴイルはもう、虫の息だった。

 

 ──っ! 

 一発毎の威力の高さも素晴らしいが、なにより、このオート感!

 技を発動すれば、身体は勝手に動く。脳が独立している感覚。コンボのタイミングだけ意識すればいい。

 これは、ヤバいぞ⁉

 

「──次だ」

 

 近くの二匹目へとダッシュで近付き、足払い、からの──

 

「飛燕昇!」

 

 次はジャンプで追い越さず、落ちてきたところに──

 

「天昇烈火!」

 多段ヒットするアッパーで再び浮かし、追い越してからの──

 

「鷲嘴地崩撃!」

 腹部に足を当てたまま、高速で地面に叩きつける。

 

 二匹目は、腹部が貫通寸前になっており、もう絶命していた。

 

 ──よし。

 三匹目は……フルコースでいくか。

 ──だが、その前に。

 

「気功波!」

 全体の詠唱を中断しておく。コンボ中に集中砲火を受けると面倒だ。

 

 ──喰らえ!

 

 左ジャブ!

 右ストレート!

 足払い!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 バウンドしたところを──

 飛燕昇!

 落ちてきたところを──

 天昇烈火!

 そして──

 鷲嘴地崩撃!

 

 計、15HIT!

 最後は手応えがなかったが……どうだ?

 

 …………ガーゴイルのドーナツだな。

 

 ──もう、この辺りでいいか?

 いや、せっかくだ。最後にもう一つ、試しておきたいことがある。

 

 四匹目……許してくれよ。

 

「気功波!」

 

 そして──お前だ!

 

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 落襲牙!

 飛燕昇!

 

 ──十分だな。

 

 天昇烈火!

 

 計、47HIT!

 さあ──

 

 …………もう、ただの肉塊だな。

 

 ──さて。あとは、始末するだけか。

 

 ガーゴイル共、残念だったな。

 俺はこのまま、一切、手を緩めるつもりはないぞ。

 疲れも、ない。

 俺のために──犠牲になってくれ!

 

「いくぞ!」

 

 五匹目も、六匹目も、コンボアタックによるノックバックでずっと俺のターンを続け、仕留めていく。

 

 一匹あたり、五秒ほど。

 二匹仕留める毎に気功波で敵の詠唱を中断し、また二匹仕留める。それでも撃たれたら、不知火で躱す。

 

 いける!

 通用する──どころじゃない。蹂躙じゅうりんできる!

 数十匹のガーゴイルを、一人で!

 負ける気が、しない!


「………………!」

 

 気付けば、累計で三十二匹目のガーゴイルを地面に叩きつけた時点で、もう、地に足をついている者は俺一人になっていた。

 

 ガーゴイルの半分は虫の息で、もう半分は死んでいた。アドレナリン全開というのもあるが、こうも凶々しい容貌のモンスター相手だと、まるで罪悪感らしきものも湧いてこなかった。

 

 町の方を見ると、すっかりと防御魔法も解かれ、静まりかえっていた。

 

 ──少し、血の気が引いた。嫌な予感がした。

 

 横文字だらけの魔法世界で、見たことも聞いたこともない技名を連呼しまくり、それでいて、あまりにもイレギュラーな強さでガーゴイルの群れを蹂躙した謎の男──その対象に抱く感情は、憧憬どうけいではなく恐怖じゃないのか? 理解の埒外らちがいにいる生物として、化物と罵られるんじゃないのか?

 

 やって、しまったか?

 

「大吾!」

 

 しかし、そんな不安を掻き消してくれたのは、セフィラだった。

 

 セフィラが俺の名を呼び、駆け足で俺の下へと向かってくると、少し遅れて、町の入口では大歓声が沸き起こり、防衛にあたっていた町の皆も駆け寄ってきた。

 

 ──ホッ、とした。

 俺は、心底、ホッとした。腰が砕けそうだった。

 どんなに強くても、やはり孤独は、嫌だった。

 

「大吾、あなた、大丈夫⁉ いや、怪我一つないとは、思うけど……」

「大丈夫ですよ、セフィラさん。ビルドアップのおかげもあって、全然平気です」

「それなら良かった。けど──」

 

 セフィラは辺りを見回す。全滅したガーゴイルの群れを間近で見て、改めて驚いているようだった。

 

「……とんでもないわね、あなたの魔法……いえ、技、だったかしら。まさか、ガーゴイルを殴る蹴るで倒すなんて……」

「僕自身、驚いていますよ。想像以上、でしたから」

「無茶苦茶よ、こんなの」

「ははっ」

 

 町の皆も、興奮冷めやらぬ様子だった。

 

『あんた、何者だよ⁉』

『ガーゴイルを、こんな⁉』

『うへえ……⁉』

『化物かよ……⁉』

 

 あっ……化物って聞こえた。

 ……でも、平気だ。悪意のある化物じゃない。

 

 町の皆は俺を取り囲み、好き放題に騒いでいるが、俺もまた内心、高揚しっぱなしだった。

 

 場の空気は、すっかりと弛緩しかんしてしまっていて──完全に、油断していた。

 

 一匹、完全に仕留めきれていなかったガーゴイルが、密かに詠唱を完了し、最期の攻撃を仕掛けてきた。

 

「アイス、レインッ!」

 

 ──生き残り⁉ 攻撃⁉

 レイン……マズいっ!

 

 上空に、無数のアイスニードル! 一つ一つはフリーズランサーよりも小さいが、数が多い! 皆を守ろうにも、捌き切れない!

 

 ……駄目だ!

 

『サンダーバースト!』

 

 しかし。


 一箇所に集まっていた俺たちを一網打尽にするはずだったアイスレインは、いかずちの膜? 渦? 爆発? によって、消え去ってしまった。

 

 これは……⁉

 

『全員、離れろおおお!』

 

 数十メートル先にいる人物の声とは思えない、大音量の号令が鼓膜を揺さぶり、全員、慌ててその場から離れる。

 

『サンダーストローム!』

 

 俺が蹂躙したガーゴイルの群れは、雷の大渦によって完全にトドメを刺されたようだった。

 プスプスと煙が上がっているので近付いてみると、ガーゴイルたちの亡骸は炭のようになっていた。

 

 そうか。こいつら、雷属性に弱い種族だったのか。町の皆は、あの人の到着を待っていたわけだ。あの、町の入口に立っている……おっかなそうな男性を。

 

「セフィラさん、あの方は?」

「あたしの、お父さんよ」

「……えっ?」

「この町の長で、この町に二人しかいない雷属性魔法の使い手で、あたしのお父さんよ」

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