いつもの帰り道にて

時雨澪

いつもの帰り道にて

 今日も長く苦しい学校が終わった。鉛のように重苦しい空気から解放される。

 みんな黙って黒板とにらめっこしながらノートとって……意識高すぎるよ。何もしてないのに気疲れする。早く帰って家でゆっくりしたい。

 僕が早く帰ろうと足早に高校の校門をくぐる。すると、門の前には同じクラスの香織かおりが待っていた。

 香織は僕に気づくと、腰まで伸びた黒い髪を靡かせながら近寄ってきた。

 コイツはクラスの中でもトップクラスの可愛さで、スタイルも良い。コイツを狙っている男子も多い。そんなコイツは別に頼んだ訳でもないのに、学校が終わると校門の前で僕を待っている。それも毎日。もし待っていなかったら、逆に心配するレベルだ。それにしてもなんで僕なんだ?顔がいい奴なら他にも居るし、僕よりも賢い奴なんてもっといるはずなのに。変わった奴だ。

「お前今日も待ってたのかよ」

 僕は近寄ってくる香織に少し呆れたような口調で言った。

「別に良いでしょ、私の自由なんだから。莉玖りくには関係ないじゃん」

 いや、毎日帰り道についてくるんだから関係ない事は無いだろ。

 香織はそんな心の内などつゆ知らず、僕の隣に立つ。

「私は一緒に帰りたいだけなんだけど、イヤ?」

 香織は上目遣いで僕をみてくる。いきなりそんな顔をされたら断りきれない。

「いや別に」

「なら良いじゃん」

 まぁ、どうせ駅までの短い時間だ。

「こんなところで立ってないで早く帰ろう?」

「そうだな」

 二人は駅に向かって歩き出した。

 香織は僕の事を異性として認識していなんじゃないかと思うほど、いつもやたらと距離が近い。今だって手が触れそうだ。香織は別になんとも思ってないのかもしれないけど。

「……おーい、莉玖ー、大丈夫?具合悪い の?」

 香織に肩を揺すられた。

「え?どうしたの?」

「いやいや、どうしたのって言いたいのはこっちだよ。何回も話しかけてるのに聞いてくれないんだもん」

 考え事してて全然話聞いてなかった。

 香織は腕を組んで、口をムッと噤んでこちらを見てくる。

「そんなに怒んなって、肌に悪いぞ」

「怒らせてるのは莉玖でしょ……?」

 ここはなんとか穏便に済ませて欲しい。

「それで何の話?何か話そうとしてたんでしょ?」

「え?あぁ、飛行機が止まって莉玖の両親が旅行先から帰ってこれないから、最近は家には莉玖しか居ないって聞いて……」

「なんでお前がそれ知ってんの?」

 男友達にしか話してないはずなんだけどな。

「え?仲良い女の子から聞いたけど」

 恐るべし、女子の情報網。

「なんで言ってくれなかったの?ご飯くらい作りに行ったのに」

「いや、お前に迷惑かかるだろ」

 実際、クラスのアイドル的な存在を家に招いた事がクラス中に広まったら、何されるか分からないだろうな。

「まぁ流石に家に行くのは冗談だけど」

 さっきの思考時間を返せ

「お前の冗談は分かりにくいな」

 コイツなら本気で料理作りに家に来そうなんだよな。

「でも大丈夫?一人で健康的な生活送れてる?夜更かししてない?栄養バランス取れてる?」

 めっちゃ聞くじゃん。

「お前は僕のお母さんかよ。そんな心配しなくても大丈夫だから」

「えーホント?莉玖って自分の健康とか気にしなさそうなタイプに見えるんだけど」

 正解だよ。なんで分かるんだ。

「大丈夫だよ。ご飯は栄養バランスに気をつけて作ってるから」

「……本当は?」

「カップ麺です」

「素直でよろしい」

 香織の見えない圧を感じた気がした。

「もしかして今日まで毎晩カップ麺で過ごしてきたとかじゃ無いよね?」

「お察しの通りです……」

 だって楽だし……。

「流石にそれはマズいんじゃない?やっぱりご飯作りに行った方がいい?」

「いや、大丈夫です……」

 その良心は嬉しいんだけどね。

「健康には気をつけてね?莉玖が休んだら、私が一人ぼっちで帰らないといけないんだから」

「大丈夫だよ、お前が思ってるほど僕は体弱く無いし」

「ホントかなぁ……?」

「お前の心配してくれるその気持ちだけはありがたく受け取っとくよ」

 いつも帰り道はこんな調子だ。ただただ話したい事を話すだけ。

 最近、そんな香織と一緒に歩くこの時間も悪くないと思うようになってきた。

 突然、香織から視線を感じた。香織の方を見ると、何故か僕の方を無言でジッとみていた。

「僕をずっとみてどうしたの?顔になんかついてる?」

「いや、莉玖の髪伸びてるなって」

 それだけ?

「別にそんなジッと見ないでいってくれたら良いのに」

「いや、気になったらだけだから」

「えぇ……?」

 莉玖は呆然とした。

「でも髪は切ったほうがいいんじゃない?」

「そうか?そんなに伸びてる?」

 莉玖は前髪を少し触った。

 そんなに伸びたような気はしないんだけど。 

「私には伸びてるように見えるなー。切りに行ったら?」

「いやー、面倒くさいな」

「なにそれ、子供じゃないんだから」

 香織はジト目で僕の方を見てきた。

「別に切りに行くのは良いんだよ。でもさ、切りに行った次の日とかさ『髪切った?』っていろんな人から言われるじゃん?それが面倒くさいんだよね」

「そんなに面倒?むしろ気づいてくれたら嬉しくない?」

「僕みたいな男子は別に気づかれても気付かれなくても、特になんとも思わないよ。むしろいろんな人に同じ事話すのしんどいなって思う」

 髪切った?うん、昨日切りに行ったよ。みたいな会話を毎回いろんな人にしてる気がする。しかも、その後会話が広がらない。僕が悪いのかもしれないけれど。

「なるほどね、莉玖はそう思ってるのか……。でもさ、私が髪を五センチ切っても莉玖はどうせ気付かないじゃん?」

 香織は長い髪を手に取りながらこう言った。

「どうせ」ってなんだ「どうせ」って。確かに気づかないと思うけど。

「そうかもね」

 莉玖は遠回しに気づかないと認めた。

「だからさ、莉玖が髪を五センチ切っても誰も気づかないと思うよ?」

「いや、流石にそれはおかしい」

 絶対気づくじゃん。むしろなんでそれでバレないと思ったの?僕でも気づける気がする。

「気づく?」

「さすがの僕でも気づくよ」

「そっかー……、でも今の莉玖はホントに髪切りに行ったほうが良いと思うよ。面倒くささを犠牲にしてでも」

「そんなに伸びてるか?別にまだ良くない?」

「ダメだよ、そんなんじゃ女子にモテないよ?」

「え?」

「女子はそう言う細かいところも見てるんだから」

「そうなのか……」

 まさかいきなりモテる、モテないの話が出てくるとは思わなかった。

「莉玖って彼女いるの?」

 突然だな。

「いや、居ないけど」

「そう、なら良かった。相手によるけど、もし居たら今頃別れてたかもね」

「そんなにヤバい?」

「え?気づいてないの?朝から寝癖で頭爆発してるよ?この学校から浮くぐらいには目立ってるね」

 香織は莉久を手鏡で写す。莉久の目には、髪のあらゆる所が跳ねた自分の姿が写った。

 コイツ……クラス同じなんだからもっと早く言ってくれればいいのに。

「こんなになってたのか、今日急いで学校来たから全然気づかなかったわ」

「ホント気をつけたほうがいいよ?そんな調子じゃ彼女なんて夢のまた夢だからね」

 香織は莉玖を諭すような口調で言った。

「彼女かー……」

「どうしたの?そんなパッとしない顔して」

「いや、お前はずっと彼女の事を言ってるけど、彼女ができるできない以前に好きな人がいないし、好きな人が出来たことが無いんだよなー。そもそも、友達は居るけど女子との絡みがお前以外ないんだよね」

「あー、なに?つまり好きって感情がよくわからないって事?」

「大体そんな感じ」

 男子とばかり遊んできたから、コイツ以外の女子とは話し方すらわからない

「そっか……、そう言われても好きって気持ちの説明って難しい……」

「そもそもだけど、お前って彼氏いるの?」

 莉玖のこの言葉が少しだけ頭にきて、香織はいつもより大きな声で答えた。

「失礼な!私にだって彼氏くらいいよ!」

「いって事は今はいないんだ」

「別れたよ!」

 香織は少し涙目になっていた。

「莉玖ってデリカシー無いよね……そんなんじゃモテないよ……?」

「ごめん……」

 過去の傷をえぐってしまった気がする。

「まぁいいけど……私もちょっと取り乱しちゃった」

「でもお前が恋してた時、どんな感じだったか気になるな」

 今の流れからは結構聞きにくいけど。

「え?そりゃ会いたいなって恋しくなったり、もちろん一緒に居てて楽しかったりしたな……あと、下の名前で呼ぶのもドキドキしたりしたなー」

「そういう感情を持つ相手が居たら、恋してるって事なのかな」

「そうなのかもね」

 やっぱり恋ってイマイチわからない。そんな感情を抱く相手なんて居るのかな?

 二人はいつのまにか駅に着いた。

「じゃ、僕はこっちのホームだから」

「うん、また明日ね。明日も一緒に帰ろうね!」

 どうせ断れないだろうな。

「お前が待ってたらな」

 そう言って莉久は振り向いた。今日はここまでだ。さぁ帰ろう。

「ねぇ、ちょっと待ってよ」

 香織に肩を掴まれ、引き留められた

「なんだよ?」

「前から思ってたんだけどさ、私は『お前』って名前じゃなくて『香織』って言うお父さんとお母さんから貰った立派な名前があるの。そろそろ私の事を名前で呼んでくれてもいいんじゃないの?」

「どういう事?」

 突然過ぎてついていけない。

「せっかくだから呼んで欲しいな。私の名前」

「えっと…·香織……?」

 これで良いのか?

 香織は満足そうな顔をしながらコクコクと頷いている。

「うん、やっぱり名前で呼んでくれる方がいいよ。明日からも名前で呼んでね!」

「え?マジ?」

「嫌なの?」

「嫌では無いけど」

「じゃあ決まり!忘れないでね!じゃあ私帰るから、また明日!」

「お、おう。じゃあな、また明日」

 莉玖が手を振ると、香織は満足そうにホームへの階段を駆け上がっていった。

 結局名前を呼ばせて何をしたかったんだ……?

 まぁいいや、僕も帰ろう。


 ──あれ、僕の鼓動、こんなに速かったっけ。

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いつもの帰り道にて 時雨澪 @shimotsuki0723

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