17

 ――――アンインストール中です……



 目を開けて最初に認識した世界は黒かった、はて、こんな黒い世界に私は住んでいたか、閉じ込められていたか。下を向こうにも向けない。がっしりと固定されている。

 ……何に?

 ブシューと気の抜けた音と共に顎と思しき部分が解放感に包まれる。どうやら私は何か被り物をしているらしかった。

 手は――ある。動く。両手で顔を覆っている何かを確認する。突起物があり、撫でることができない。外せるだろうか。顔の下から持ち上げるようにその何かを外す。ずるっと、容易に外すことができた。重いので顔が解放されると同時に手を離した。下から派手な音がする。

 真っ暗ではなかった。色がある世界だった。コンピューターがある。モニターがある。大量の文字がモニター上にある。だが、ここはどこだかまったくわからなかった。

 なぜ私はこんなところにいるのだろうか。

 何だか不快になる臭いがする。何の臭いかはわからないが、とてつもなく不快で、不安になる臭い。

 辺りを見回す。

 私の少し先の地面に、俯せの状態で人が倒れていた。頭部の周辺に小さな赤い水たまりができている。なんであんなところで寝ているのだろう。あの赤い水たまりに頭を突っ込んで一体どうしたのだろうか。

 すみません、と呼びかけてみる。反応はない。あのすみません、ともう一度呼んでみる。ピクリとも動かない。

 もしかしたら人じゃないのかもしれない。人形が倒れているだけなのかもしれない。だが、どうしてこんなところに人形が。

 私は何をしていてこんな場所にいるのか。思い出そうとして、そこでハッと気づいた。

 私は誰だ。

 自分の、名前が、出てこなかった。

 名前がわからない。自分の名前がわからない。どうしたものか。

 椅子から立ち上がって機械が立ち並ぶ場所へ行ってみる。人形に足を引っかけてこけそうになった。妙に柔らかい人形だな、と思った。

 機械の奥の奥へと歩を進める。

 薄暗い空中に光が浮いていた。近づいてよく見ると、矢印だった。先に目についた上を向く矢印を触れてみる。すると数字がいくつも現れ、そして周囲が暗闇に包まれた。その中で唯一数字ではない『R』という文字に触れてみた。

 ふわっと自分の身体が浮く感覚があった。その感覚は消えることなく、どんどん上へ上昇しているようだった。

 身体の浮く感覚がなくなると、急に辺りが明るくなった。背後にあった機械が消えていた。代わりに、壁の隙間から青空が見えた。その隙間の青空を目指して歩いていく。

 空気が変わった。全身に解放感が溢れる。外に出たのだ。

 雲一つない青空だった。

 街が見える。崩れたビルや、緑に覆われたビルが見える。

 私の記憶にある街はこんな荒廃したものではなかったはずだが、しかしなぜここの建物群はこうも見覚えがないのだろうか。私の知っているものとは明らかに違う街だ。

 突風が私に襲いかかる。ビラビラと私の腹部で何かがはためく。何だ、と思い手に取ろうとすると、再び吹いた突風に攫われてしまった。薄っぺらい紙のようなものだった。その紙のようなものは空高く上がり、やがて見えなくなった。

 そういえば誰もいない。喧噪もない。静かだ。果てしなく静か。

 おーい、とそのビル群に向かって叫んでみる。

 何も聞こえない。

 誰かいないのか?

 建物の中には誰かいないだろうか。私一人ということはあるまい。どこかに誰かいるはずだ。

 振り返って建物の中に入ろうとしたとき、目の前に突然人影が現れた。

 女性だった。血の飛び散った衣服を着た、顔の腫れた女性だ。

 なぜ顔と服が血塗れなのか、少し疑問だったが、それ以上に私は知るべきことが多くあると思った。

 ――ここはどこですか? あなたは一体? 私は誰ですか?

 その女性は怯えた目で私を見ながら口を動かしたが、彼女が何と言っているのか私にはわからなかった。

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(アン)インストール 江戸川雷兎 @lightningrabbit

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