エピローグ

「おっと、もうこんな時間か。いかんいかん、つい話し込んでしまったな」

 すっかり夜の帳が降りた窓の外を見て、ライルは苦笑した。

「えっ、もう終わり⁉︎ちょっと待ってくださいよ、ライル様がどうして宮廷魔導師になったのか、その理由が全然見えてきてないんですけど!っていうか、今の話で出てきたエリスってまさか、あの「暴魔の青竜」エリス様ですか⁉︎他にもなんか聞き覚えのある名前がたくさん出てきたんですけど!」

 興奮のあまり女記者はブンブンと両手を振っている。

 ライルは、懐かしさに目を細めていた。あの時、あの場所で、苦しみも喜びも共にした仲間たち。今頃どうしているだろうか。

「今の話の続きはどうなったんですか⁉︎サラ検事は新しい先生になったんですか?あっ、サラって名前も聞いたことがあるな、まさか、あの、この国の司法改革に辣腕を振るった「女傑」サラのこと・・・⁉︎」

「まあ、今日はもう遅い。俺もいささか疲れたしな」

 ますます興奮して行く女記者を、ライルは諫めた。この調子なら、夜が明けるまで問い詰められかねない。

「むうう〜。・・・決めました、私、ライル様の専属ルポライターになります!まだまだいろんな面白そうな話がたくさん出てきそうですから!明日の朝刊なんてケチなことは言いません、ライル様の伝記をまとめて、うちから出版させてもらいます!」

 目を爛々と輝かせてそんなことを言い出す女記者。

「しかし、明日からは俺も公務を始めねばならん。今後も君の取材を受けられるかどうか」

 ライルは苦笑してそう応じる。

「いいえ!受けてもらいます!私の質問、まだ答えられてないじゃないですか!また隙を見て来ますから!いいですね!」

 そう言い、女記者は答えを待たずに窓から出て行く。

「やれやれ」

 ライルは苦笑顔のまま首を振る。が、自分のルーツを誰かに語ることは、予想以上に充実感があった。自分の今の立ち位置を確かにし、目指すべき方向が改めて明らかになるような、そんな感覚があった。

「また無事忍び込んで来られたなら、続きを語ってやるとするか・・・」

 ライルはひとりごち、女記者が飛び出していった窓から、外を眺めた。明かりがポツポツと灯る王都の街並み、その先の小高い丘の上に、あの頃と全く変わらない、ユグドール少年院を囲む塀が、黒い影となってそびえているのが見える。

 ショウ先生が、今の俺を見たら何て言うだろう、とライルは思った。久々に思い返したはずの恩師の姿は、しかし生き生きとライルの脳裏に蘇り、自分に与えた影響の大きさを改めて思い知らされた。

 あの人がいなければ、今の俺はない。あの時、俺を信じて手を差し伸べてくれた、異邦人の法務教官。

 今の仕事が落ち着いたら、あの人に会いに行こう、とライルは考えていた。あの人は、まだあの場所にいるはずだ。異邦人ゆえに、あの時からそう変わらない姿で、かつての俺たちのような、道を踏み外した子供たちを教え、導いているに違いない。

 俺が宮廷魔導師になったと言ったら、あの人は何と言うだろうか。褒めてくれるだろうか、昔と同じように。「よく頑張ったな、ライル」と。

 俺が宮廷魔導師になった理由が、たったそれだけのことだったとしたら、「先生に褒められたかったから」という子供じみた思いが底にあったと知ったら、あの女記者はどういう反応をするだろう。

 ライルはくっくっと笑い、女記者が開け放して行った窓を、静かに閉めた。

                 

                    魔導王国の法務教官 1 了

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