9.宮前翔 病院(社会人)
あくびを抑えながら病院のトイレから出てくる。自宅療養の日々はどうにも生活リズムが悪化してしまう。今日の診察でも「心臓は健康そのもの」だって言われた。
高校生の時の健康診断でも同じようなことを言われたなあって思い出す。
病院の待合室に戻ると会計の順番だからと受付に名前を呼ばれた。いつもの事務の女性にお金を払って処方箋を受け取る。その女性が僕を手招きし世間話をするように耳打ちした。
「実はね。あの後、別の女性が心電図検査を受けられたそうなんですけどね。驚いたことにその心電図が宮前さんのものと完全に同じだったんですって。不思議なこともあるものねぇ〜」
その言葉に僕は目を見開く。思わず頭を上げる。待合室を見渡す。
病院の出入口、人を探すように左右を見ながら外へ出ていく女性の姿があった。
長い髪。白い肌。大人になって少し柔らかくなったけれどつんとした表情。
自動ドアが閉まる。
「――ごめんなさい! ちょっと失礼します。続きは後で!」
「え、あ、ちょっと宮前さん!?」
僕は病院出口に向かって駆け出す。
病院内は走っちゃだめで静粛になのだけれど、こんな日は許されるはず。
自動ドアが開いて、飛び出した舗道に、君の後ろ姿が見えた。
「篠崎さん! ――篠崎楓さん!」
久しぶりに大きな声を出す。
恥ずかしさなんて関係なかった。
この瞬間を逃したら、きっと僕らは東京の街の遠くで、同じ波を打っているだけの、交わらない二人のままだから。
君が振り向く。その顔が少しずつ綻んでいく。
そしてやがて君は右手を上げて、口を開いた。
「おっす」
<了>
心の波形、時間の波形、君との波形。 成井露丸 @tsuyumaru_n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます