第3話 侵略者の“特殊能力”
いくつかのベンチを歩いて通り過ぎる老婦人の姿があった。酷く疲れているのか、既に埋まっているベンチを前にする度ため息をついている。
私とカナコが立ち上がったのを見て、老婦人は何故か我々ににっこりと微笑んで頭を下げてきた。儀礼的な会釈を返した私たちは、二つ隣のベンチで耳障りな大声で話し込んでいる若者たちの前までやって来た。
「何?何か用?」
怪訝そうに私を見上げる3人の男女。一番身体の大きい男が私の前に立ちはだかった。
「だから、何か用があるのかって聞いて――」
私は唐突に、彼の額に手を伸ばした。
そして、自らの“能力”を使った。
「――そうだ」
私の手から離れた男は、何かを思い出したように振り返って、残る2人を無理やりベンチから引っ張り上げた。
「ちょ、何すんの!」
「トシ、お前どうした!?」
「急いで行くぞ!映画に遅れちまう!!あと30分で始まるぞ!」
「はぁ?何言ってんのよ!意味分かんない!」
かみ合わぬ会話に戸惑う彼らを捨て置き、私たちはその場を後にした。
「地球人に対しても能力は正しく発動しました。ですがまだ、実験が必要です。特に“制約”の部分については」
「人体実験は、あまりこの地ではふさわしくないかと」
「その辺に死体が転がっては、いささか処理が面倒でしょうね」
「地球人とゲルマ星人は身体構造が似ていますから、母星での使用経験が役立つと考えて良いのでは?」
母星で投獄される直前まで何度か、同胞相手に“能力”を試している。同じように地球人に対して使えるなら、それが理想的ではある。
実験を終え、私たちは広場を離れた。
先ほどの広場から5分ほど歩くと、一軒の小さなアパートに行き着いた。カナコが事前に選定していた、私の潜伏先だ。
「個人で管理しているアパートですから、容易に潜伏できるかと。レオルさまの趣向にも合致することは間違いありません」
アパートの外観を一瞥する。特に好みなど無いが、作りが新しく清潔そうなのは良いことだ。
「あらぁ?この前来たコじゃない?」
一階の部屋の前、長い髪をかき上げながら煙草を吸っていた女が一人。彼女はこちらに気が付くと、吸い殻をジュース缶の中に落としてから近づいてくる。
「気に入ってくれたの?この部屋」
「ええ、とっても!今すぐ住みたいです、大家さんっ」
カナコが今まで見せたことの無い笑顔で言いのけて、私はぎょっとした。
「そっかそっか。で、そっちの男の子は……」
「兄のレオルです」
カナコに紹介され、私は相槌を打つ。
「はじめまして」
私が差し出した手を、彼女は遠慮なく握った。地球人流の挨拶は習得済みである。
「よろしくね。じゃあ今すぐ住んで良いよって言いたいところなんだけど、2人とも未成年でしょ?契約は親御さんがいないとダメなのよねぇ……」
「大丈夫です!パパが後から来ますから、それまで待たせてもらってもいいですか?」
「あ、そうなの。んじゃ、中入ってて」
「ありがとうございます!行こっ、お兄ちゃん」
アパートの大家――倉島くらしまカンナという女性に招かれ、私たちは彼女の部屋に入った。部屋のサイズには不釣り合いな巨大な本棚と、そこに押し込められている多くの本が目立つ。
「ちょっと待っててね。今飲み物でも――」
キッチンに入りかけた女の首筋に、カナコの手刀が振り下ろされる。気を失って倒れた彼女をカナコが運び、ベッドの脇に座らせた。
「お願いします、レオルさま」
私は彼女の額に触れた。
そして、能力を発動する。
「リ=メモリア」
約20秒経って、私は額から手を離した。その後間もなく、大家は目を覚ました。
「あれ?レオルもカナコも来てたのね。私ったら、寝ちゃってたのかしら……」
「うん。カンナさん、あんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こせなくって」
「あはは、ごめんごめん」
「もうお部屋、入れる?」
「もちろん!とっくに綺麗になってるよ」
「ありがとう!あ、これママから。よろしくお願いしますって」
カナコは、この国の通貨が入った封筒を大家に差し出した。
「まったく。親友の子供くらい、ただで住まわせるってのに」
私の能力『リ=メモリア』は問題無く機能している。
この手で触れた相手に対し、たった一度だけその記憶を覗き見て、都合の良いように書き換える能力である。
倉島カンナはもちろんのこと、ここに来る前にひと悶着あった若者も、この力によって偽の記憶を植え付けられたのだ。その際は『絶対に見なければならない映画の時間が迫っている』という記憶を彼の中に書き込み、急いでその場を離れようとする行動を招いた。
ゲルマ星人には非常に低い確率で、私のような特異能力を持つ者が現れる。惑星の劣悪な環境に適応するため、遺伝子操作を繰り返した結果とも言われている。が、正確には不明である。
「そっか。じゃあありがたく、受け取っておくよ」
倉島は軽くウインクし、封筒と交換に部屋の鍵を2つ、カナコの手に握らせた。
「お母さんは元気かしら?」
「うん。カンナさんに近々会いたいなって言ってたよ」
「そうだねぇ。もう3年くらいかな?会ってないのも」
海外に住む親友の子供が私たちである――そのような記憶が彼女に書き込まれている。だから彼女は私たちに住まいを提供することに、何の躊躇もない。
記憶とは、その人物の生き方を方向付けるにあたって大変重要なのである。だから私がリ=メモリアを使えば、自分にとって都合の良い人間――例えば私の言うことは何でも聞く奴隷同然の人間――をいくらでも作り出すことが出来るのだ。
「レオル」
倉島は神妙そうな表情になって、私の両手を握った。
「カナコと一緒に、仲良くね!」
彼女は私の肩を力強く叩いてから、私たちを送り出した。
「相変わらず、便利な能力ですね」
カナコは私の能力を知る、唯一の人物だ。倉島の部屋を後にした瞬間に無表情に戻り、私をまじまじと見つめる。
「言っておきますが、あなたにリ=メモリアを使ったことはありません」
「そう信じています。確かめる術はありませんが……」
そして一言。そこも恐ろしい力だ、と彼女は独りごちた。
「それにしてもカナコ……10年も住んでいると、地球人の振りは上手になるものですね」
「もちろんです。レオルさまも、このくらいはやって頂かないと……使い物になりませんよ」
「……努力します」
私たちは2階に上がり、ある部屋の前に立ち止まった。
「ここが私の部屋ですか?」
「いいえ、私たちの部屋です」
一瞬、副官の言葉に耳を疑ってしまった。
高校生からはじめる地球侵略 佐馴 論 @tatatatakumi
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