妹は心配性

 撮り溜めしていたアニメを消化して一息つく。現在は深夜三時だがあまり眠気がなく後二時間くらいは活動できそうだ。俺は思いつきで夜の散歩に出ることにした。


 上着を羽織って玄関まで行くと背後から足音がした。振り返ると妹の明日花がそこにいた。


「お兄ちゃん、どこに行くの?」


「ちょっと散歩に」


「もう夜遅いよ?」


 明日花は非難めいた視線を向けた。あまり俺に外に出てほしくないんだろう。しかしずっと家のなかにいるのも気が滅入るのでこればかりは譲れない。


「すぐ帰ってくるから」


「だめ、家にいて」


 しかし明日花も譲ろうとしない。俺の手を取り引き留めようとしている。


「眠れないなら私が一緒にいてあげるから、ね?」


「あ、あぁ……」


 そうして夜の散歩は中断され、その後は明日花とお話をしていた。

 いつもこうして、外に出れずにいるのだ。



 俺は世間でいうニートをしている。とある事情から家で療養していたら社会復帰するタイミングを図りそこねて今に至る。二十三歳にもなってそれは恥ずかしい。しかも家から出ようとすると妹の明日花にいつも止められるのだ。


 明日花曰く、外は危険でいっぱいだから俺は外に出てはいけないらしい。妹はあの一件以来妙に過保護になってしまった。流石に四六時中一緒ではないが、常に監視させられているように感じる。

 家にいる分には問題ないが、ちょっとでも外に出ようとするとさっきみたいに止められる。よほど俺を外に出したくないらしい。


 明日花は高校生なので平日は学校に行っているので、それを見計らって外に出たことがあるが、その時は酷かった。帰ってくると玄関で明日花が待ち構えていて、一時間説教されてその後ずっと引っ付いていた。トイレや風呂でもだ。それが二週間続いたときは流石に鬱陶しかった。


 このままだと「私が養うからお兄ちゃんは家にいて」とか言い出すんだろうなぁ。兄としてそれだけは勘弁だった。確かにあんなことがあったから心配になるのはわかるが、もう時効だろう。俺だって自分の好きなように生きたい。そのために俺は行動しないといけない。




「明日花、ちょっとハローワークに行ってくるから」


 俺がそう言うと明日花は怒った顔になった。しかしそれは想定内だ。


「お兄ちゃん、一人で外に出ちゃだめって行ってるよね?」


「あぁ分かってる。だから明日花に同伴してほしいと思ってるんだけどいいかな?」


「え、私?」


 明日花は顔を赤らめさせる。一人で外に出てはいけないのなら明日花が一緒にいればいい。それなら特に文句はないはずだ。


「お兄ちゃん……それってデートかな?」


「ん……まあそんな感じかな」


 なんだか話が飛躍し過ぎのような気がするが、間違っているわけでもないので適当に肯定することにした。


「デート……デート……えへへ」


 明日花は顔を赤らめてニヤニヤしていた。なんだか気持ち悪いな。


「ほら、早くしないと置いていくぞ」


「あ、待っててお兄ちゃん!」


 そして俺は久しぶりに外に出ることになった。



 久しぶりのシャバの空気は美味かった。部屋にいるときの閉塞感はないし、景色が変化するということは心に刺激を与える。久しぶりの解放感に心はウキウキしていた。


「お兄ちゃん、危ないからあまり車道側に行かないでね」


 まあ妹がいなかったらなおのこと良かったんだが。しかしこうでもしないと外に出られなかったのだから贅沢は言うまい。


「お兄ちゃん、ハローワーク行く前にちょっとお昼食べにいかない?」


「あぁ良いぞ、と言ってもそんなに金持ってないぞ」


 ニートなので財布の中はすっからかんだ。もはや財布を所持する意味すらないくらいに。


「それくらいは私が出してあげるよ」


「あぁ、済まないな」


 あぁ情けない。早く働いて自分で生活していきたいな。


「さて、ハローワークの場所は……」


 昼飯を済ませ、今度こそハローワークへ向かおうとすると明日花が手を握ってきた。


「お兄ちゃん、悪いけどちょっと用事があるから付き合ってくれない?ハローワークはその後行こう?」


「え、ちょっと!」


 そう言って明日花はデパートへ俺を連れていった。その後服を買ったり色んなものを見て回っている内に疲れてきてその日はハローワークに行かずに家に帰ることになった。

 それ以降、ハローワークへ行こうとすると明日花が何かと理由をつけて寄り道ばかりして、ハローワークの扉すら潜れない毎日を過ごすことになる。



 明日花は意図的にハローワークへ行かせないようにしている。そう思った俺は明日花が学校に行っている時間にハローワークへ行った。求人は親のパソコンで既に調べているので後は手続きするだけだ。

 そう思ってハローワークに着くと何故かそこに明日花がいた。おかしい。明日花は今学校にいるはずなのに。


「お兄ちゃん、やっぱりここに来たね」


「何故ここに?学校は?いや、そもそも何故ここに来ると分かった?」


「そんなのパソコンの検索履歴を調べればわかるよお兄ちゃん?」


 明日花は笑顔のまま俺の手を握り、ハローワークから離れるように手を引いた。


「帰るよお兄ちゃん。お兄ちゃんにここは必要ないから」



「お兄ちゃん、何か言うことは?」


「お、俺は悪くない。誰だって自立したいって思うだろう?」


 俺は今明日花の部屋で両手を後ろに縄跳びのヒモで拘束されていた。その状態でベッドに座らされ、目の前には明日花が仁王立ちしていた。簡単には逃げられない状況だった。


「将来が心配なの?だったら大丈夫だよお兄ちゃん。お兄ちゃんのことは私が養ってあげるから」


「そう言うと思ったから働こうと思ったのに!どこの世界に妹に養われる兄がいるか!?」


 すると明日花は泣きそうな表情になった。


「いいから大人しく私の世話になってよ、じゃないとまたいなくなっちゃうかもしれないでしょ!!」


 そう言われて何も言えなくなった。

 俺は覚えていないが、俺は昔高校を卒業するタイミングで失踪したらしい。書き置きも残さず突然に。家族は探したが、一向に見つからなかった。

 見つかったのは一年後の夏、大荷物を持った俺が山奥で倒れていたらしい。救助され帰還した時、俺は失踪前後の記憶が失っていた。だから俺の記憶が高校生の頃から途切れていた。


 それ以降だ。明日花が妙に過保護になったのは。俺が外に出ないよう監視して、俺がまたいなくならないようにくっついていた。だから、全て俺が悪いんだ。


「でもさ明日花、ずっとこのままって訳にはいかないだろ?俺もお前もいつか自立する。俺なんてすぐ自立しないといけないのにさ。それでずっと俺の世話ばっかり焼いたって何にもならないぞ。いつかはこんなことやめないといけない。そうじゃないといけないんだ」


 俺はなんとか妹を諭そうとした。なんとか自分の人生を歩んでほしい。そう思った。


 しかし。


「……だめ、私は側にお兄ちゃんがいてほしい。お兄ちゃんから離れるなんて、私にはできない」


「明日花!」


「……そうだ、良いこと思い付いた」


 明日花は俺を押し倒して口付けをした。抵抗しようにも両手が縛られているんじゃ何もできない。


「ぷはっ、何してんだ明日花!」


「何って、唾つけてるの。これからもっとすごいことするんだから怖じ気づかないでよ」


「な、何する気だよ!?」


 明日花は妖艶な表情でこちらを見据えた。


「これから私たちは過ちを犯すの。消えない過ちをね。それでお互いがお互いを求める関係にするの」


「お前、そんなことして良いと思ってるのか?」


「お兄ちゃんが悪いんだよ。大人しく私の言うこと聞いていれば良かったのに。勝手に離れようとするから、だから離れなくさせるの。そしてこれを知った皆が私たちを軽蔑すれば、お兄ちゃんには私しかいなくなるの。理想的よね?」


 明日花はスカートのチャックを下ろそうとする。これから何をするかは明白だった。


「待って、落ち着いて。話し合おうじゃないか。俺も言いすぎた。やっぱり人の言うことは聞くべきだよな、うん」


「お兄ちゃん、もう遅いよ」


「ほ、本当にするのか?俺はそういうの望んでないんだが」


「その内お兄ちゃんから求めるようになるよ」


「だからまっーーー」


 続きは口を口付けで塞がれたので言えなかった。その後俺たちがどうなったか、それは言うまでもないだろう。




おわり

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