第10話

 次の日。俺はいつものように皆と遊ぶべく海に行った。今日は少し母とゆっくりしていたせいか、いつもより遅れてしまう。いつもの場所に着くと3人が既に遊んでいた。




「おーい!」




 俺は大声を上げて彼らに知らせる。


 彼らは俺の声に気付くと振り向き手を振ってきた。俺は彼らに走り寄る。




「ようダイチ。元気だったか?」


「スイノコ様は大丈夫でしたか?」


「声は収まった?」




 3人が口々に言ってくるがその言葉を聞くたびに憂鬱になっていく。


 俺の雰囲気を察したのか3人が明るく振舞おうとする。




「だ、大丈夫だって!俺もあの後漁師の人達に聞いたんだけどさ。そういう声を聞いてもなんも問題なかったってさ。なんならその後幸せになれたって人もいて。すっごいいいことなんだって!」


「僕の場合もそうでしたよ!凄い不幸な人がその声を聞いたら幸せが舞い込んできたって話ばっかりでしたもん」


「私も皆と似たような感じよ。だから大丈夫よ」


「本当に?」


「「「ほんとほんと」」」


「じゃあ信じる」




 じいちゃん達だけではなく3人がわざわざ聞いてくれたのだ。信じなければ、いや、信じたかっただけなのだろう。


 それから俺達はメンコをやっていたが疲れたというか暑くなったので海に入ることとなった。




「俺が一番乗りー!」




 いつも真っ先に入っていくのはタクミだ。彼より先に海に入れた者は誰もいない。


 そんな彼の後に続き俺達も入った。


 お互いに水を掛け合ったり泳いで競争をしていた。そんな時に俺は水の中に引きずり込まれた。




「!?」




 俺の前には3人が歩いている。それにここは腰までの深さしかない。それなのに海の方に引っ張られた。


 俺は引っ張られている方の足を蹴るが何も当たる感触はない。




(やばい。どうしよう)




 恐怖心が心を満たし何もできない怖さに震えるしかなかった。


 だが直ぐに足は自由になっていた。気が付くと引っ張られていたのはほんの数秒か、さっきいた所と光景は変わっていなかったが、恐ろしさだけが残った。




「うわああああ!!!!」




 俺は恐ろしくなり砂浜に向けて走り出した。もうこんな場所にはいたくない。もう2度と海なんかに入るものかと思った。


 俺の叫び声にびくりと3人が反応してこちらを見る。そして俺が叫びながら走り出したのを見て彼らも走り出した。




「どうしたんだよ!」


「ダイチ君何かありましたか!?」


「ダイチ君待って!」




 俺は彼らの声など耳にも入らず砂浜に上がり足をもつれさせ転がる。


 3人は俺の傍まで来ると再度問いかけてくる。




「いきなりどうしたんだよ」


「そうですよ」


「びっくりしたぁ」


「はあはあはあ」




 俺は未だにバクバクしている心臓の鼓動を感じていた。まさか声だけじゃなくこんなことまでしてくるなんて。これで信じろなんて言う方がどうかしている。




「どうなってんだよ・・・」


「ん?」


「どうなってるっていってんだよ!」




 俺は起き上がり彼らを睨みつける。


 3人は驚いて目を剝いているがいるが俺には関係なかった。




「何がスイノコ様はいいやつだよ。俺は今、足を引っ張られたんだぞ」


「そんな訳ないだろう?誰かのいたずらだろ」


「俺より後ろに誰かいたのかよ!他の人も皆離れた所にいるし。掴まれた所を蹴っても何もいなかったし・・・」


「「「・・・」」」


「これでもスイノコ様は本当にいいやつって言えるのかよ!」




 俺はこの時ずっとイライラしていたんだと思う。昨日の夜からスイノコ様に怯えて、でも周りは大丈夫の一点張り、俺が怖いと思っても誰もそれを理解してはくれなかった。




「ごめんね。じゃあ森に行こう。ね?」




 ミカが俺の背中を優しく撫でてくれる。その撫で方に母の顔を思い出させて払いのける事は出来なかった。




「うん・・・」




 俺は素直に頷いた。ミカが一つ頷くと二人に話しかける。




「良し、タクミとケンもそれでいい?」


「あ、ああ」


「大丈夫です」




 俺が怒鳴った為に呆然としていた二人が目を覚ます。そして、行くことに同意してくれた。




「さっきは怒鳴ってごめん」




 俺は彼らに謝った。彼らが悪い訳ではないのに怒鳴ってしまったことを反省して。




「そうだぜ。漁師のおっちゃん達も言ってたんだ。スイノコ様は良い方だって。だからきっとさっきのも間違いか。なんか意味があるんだよ!」


「全くですね」


「貴方達って人は・・・」




 俺は走り出していた。




「あ、待って!」


「おい!どこ行くんだよ!」


「どうしたんですか!?」




 俺は走った。走りに走った。裸足のままそこに置いてあったメンコも持たずにただ、その場からいや、彼らから離れたかった。


 俺は彼らの考えが理解できなかった。それでもきっとじいちゃん達なら、母さんなら理解してくれるとそう思って家を目指す。




 家に着くと3人はまた今でテレビを見ていた。俺は恐る恐る近づく。




「ねえ」


「「「!」」」




 俺が話しかけると3人は一瞬跳ねた後俺に向き直る。




「お、おかえり。一体どうしたんだ?」


「お帰りなさい」


「おかえりーどうしたの?」


「さっきさ、海で遊んでたらスイノコ様に足を引っ張られたんだけど。どうすればいいの?」


「そりゃあ・・・。おめぇ良かったじゃねぇか。スイノコ様に触られるなんて中々あることじゃねぇ」


「そうですねぇ。こういう時は今夜はお赤飯を炊くんでしたっけ?」


「大地、スイノコ様はそういういたずらもするわ。気にしないことよ」




 俺は再び走り出していた。




 「大地!?」




 母が叫んでいるが知ったことか。一応置いていた靴だけは履いてこの家から逃げ出した。そしてもう怖くていけなかった。




「ふざけんな。ふざけんなよ。なんでなんだよ。何で誰も理解してくれないんだよ!」




 俺は走りながら叫んでいた。道行く人などいない。俺だけの俺にしか聞こえない叫び。




「最悪だよ。何でこんな場所に来ちまったんだよ。誰か・・・父さん・・・」


『きゃはは。あそぼう?』


「!?」




 俺は走る速度を上げた。声だ。またあの声が聞こえた。それも今までで一番近く更に変なことも言っていた。だが意味はなかった。




『きゃはは、きゃはは。どこいくの?いっしょにあそぼう?たのしもう?ねぇだいち』


「許して!俺が何をしたっていうの!?」


『きゃはは。たのしもう?たのしいよ。みんなもいるよ』


「もう嫌だ!」




 俺は走って走って走り続けて森の木の影に座り込んでいた。




『きゃはは』




 声は聞こえる。ずっと聞こえる。今も側でずっと聞こえる。


 そして俺は諦めた。この声はもうきっと止まない。ずっと俺に纏わりつくんだ。そう思った。


 ずっと走ってきて、ここが一番声が聞こえるだけで済んだ。他の場所だともっと声が大きかったり、肩を叩かれたり、目隠しをされたりずっと付きまとわれていた。


 時刻はとっくに夜で月が綺麗だった。




『きゃはは』




 この声も何だか慣れてきてしまっている。だって今日一日の間ずっと聞こえていたのだ。最初は人の近くにいれば消えると思って適当な人の近くにいた。だけどダメだった。結局俺にだけ聞こえていた。


 そうして色んな所を走り回った結果、この森の一番北の木の根元が声は小さかった。それでも聞こえるからもうダメかと思って、命を絶とうかとも考えた。でもその勇気は湧かなかった。


 逃げるのも出来なかった。町の港も漁師の人も皆ダメだって言っていた。


 そして今はここにいる。もう諦めるしかないと思って。




「なんでこんなことになっちゃったのかな・・・」


『きゃはは』




 もう声にも反応しなくなってきた。そんな時。




「ここにいたのね」




 いつもの笑い声じゃない声が聞こえたので振り向くとそこにはミカが立っていた。




「あ、ああ」




 何て言っていいか分からない。それでも逃げようかとでも他の場所だとと思ってしまい立つことが出来なかった。




「隣、座るね」




 彼女は確認するでもなく座ってきた。そうするとあの声が聞こえなくなる。




「あ、声が・・・」


「止まった?良かったね」




 彼女はそう言って笑いかけてくるが俺はそんな気持ちにはなれなかった。




「どうせまた別れたら聞こえる」


「それ、何とかしてあげよっか?」


「それって?」


「その声が聞こえなくなるの」




 俺は反射的に動き彼女の両肩を思いっきり掴む。




「い、痛い」




 彼女は苦痛に顔をゆがめていた。俺は込める力を少しだけ緩めた。




「それ、どういうこと」


「その声を聞こえなくなる様にしてあげようかって言ってるの」


「やって。お願い」




 そんなことが出来るんなら最初からやって欲しいとは思っていたけれどそんなことは言わない。言っている場合じゃない。一刻も早く止めて欲しい。




「じゃあ場所を変えよっか。ここだと流石に恥ずかしいし・・・」


「ここじゃ出来ないの?」


「出来ないことはないけど嫌なの。こっちに来て。すぐだから」


「うん。分かった」




 ミカの案内について歩いていく。出来るだけ距離は開けないようにくっついて。


 何処に行くのかと思っていたらミカはこの森の中にあるよくわからない小屋に入っていった。




「ここ?」


「そうせめてここ」


「分かった」




 俺は彼女に続いて中に入る。


 彼女は俺を中に入れると自身が扉の背になる様にして立ち、かちゃりと鍵を閉めた。


 俺は中を見回していた。中は依然と変わらずベッドが1台とその側に小さな机が1つ、そして籠が2個置いてあるだけ。部屋の中は明かりはないけれどカーテンは薄いのようで月明かりでなんとなく分かった。




「何をすればいいの?」


「大丈夫よ。男の人とは初めてだけど、色々と習ってきたんだから。私に任せて」


「?」




 彼女が何を言っているのか分からない。頭に疑問符を浮かべていると彼女の方からシュルっと言う音が聞こえた。これはいつも海に入る時に聞いていた音で彼女が水着になる音だった。




「何で水着になるの?」


「よく見て、ね?」


「?」




 そう言われて目を凝らして彼女の水着をみようとする。しかし彼女は水着を着ている様には見えなかった。




「なんで裸なの?」


「これからすることに服はいらないのよ」


「なんで、何するの?」




 俺はスリ足で後ろに下がったがミカはじりじりと距離を詰めてくる。




「私がやってあげるって言うんだから逃げないでよ」


「え、なんで」




 ドン




 俺は背中に壁がつき逃げ場が無くなったことを悟る。




「あの声が聞こえないようにしたいんでしょう?だから・・・ね?」




 彼女は俺の目の前まで来るとパンツもろとも短パンをずり降ろす。




「ふふ、可愛い」


「何するの」


「私に任せてって言ったでしょ?直ぐに終わるわ。・・・やっぱり長くなるかも」




 そして彼女は僕のモノを・・・。




 それから数時間後、俺は服を全て籠の中に入れてベッドの上で横たわっていた。その隣には静かに寝息を立てるミカ。


 俺はこの日幸せになり、もう二度とスイノコ様の声を聞くことはなかった。






Fin

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