第5話 しばらくお世話になります

「それは分かったけど、半年後までに貴方の衝動を見定めさせて。私は決して殺し屋でも何でもないのだから、何か殺すこと以外であなたを救うことが出来るのかもしれない」


「これは感激です。かの王国は融合と淘汰を強いてきたと聞いていましたが、天使様は違うのですね!なんと慈悲深い!」


「まあ、千年以上昔の話だからそれは」


「それでは天使様、しばらくお世話になります!」


「うん、別にこの菓子の為とかではないから安心して、大船に乗った気持ちで解呪を待つといい」


喜色の浮かんだ顔で、はしゃいでいるカグヤからは自分を殺してと言ったようには思えない。無邪気な子供のようだ。

この男に悪意というものは感じられないし、生来の気性はそれほど悪いものではないのだろう。

悪性の魂の影響で苦しむというのなら、それを作った私たちの罪でもあるというものだ。

それなら、私が先祖や融合した者たちから受け継いだ知識の中に、何か救う手立ての一つもあるのかも。


よし、決めた。今回目覚めた私の目標は、この男の希死観念を取り除き、解放してやることだ。


話がひと段落したので、再び私は菓子に手を伸ばしカグヤの様子を疑う。

彼自身は持ち込んだ物に手を出す様子がない。にこやかにこちらを見守るのみで、

正直言って気まずさが勝ってきた。


「…貴方は食べないの?」


「僕は決まった行動以外を、ほとんど禁止されていますから。食べたり飲んだりも対象で、それを破るとこの首輪の制裁がきますので」


「かなり理不尽な待遇」


「なんといっても敗軍の将といったところですからね。彼らは僕を生かして置くのが怖いのと同時に、僕が死んで恩寵が再び世界に溢れ出すのも恐れているんですよ」


「そうなんだ。残念だね、誰かと一緒に食べたほうが楽しいのに、」


「それでは一つ、頂きましょうか!」


「あ、大丈夫なの?」


カグヤはシュークリームを一つつまむと、ひょいと口に運んでしまった。


「うんうん、確かにこれは非常に美味ですね。甘味なぞは十年ぶりに頂きました」


「…血が噴き出してるよ、ほら、拭いてあげる」


さすがに顔面から血を垂れ流しているのはいただけないので、ハンカチで血を垂れ流しながら幾つものシュークリームを頬張るカグヤの顔を拭いてあげる。

私の一言でこうなったからであって、決して仲良しだからとかいうわけではない。決してだ。


「あなた、普段はどこにいるの?今まで私はあなたほどの魔力を感知できないでいたわ」


「僕はこの国の地下深くに作られた部屋で過ごしています。相当に強い魔力封じの結界が重ねられているので、天使様ほどのお力をお持ちでも感知できないものになっているかもしれませんね」


「そんなに強い封印がされていたの。そんなの、息が出来ないで藻掻く地上のように打ち上げられた魚みたいになってしまうわ」


「心配していただきありがとうございます。でも、もう慣れてしまったので」


「決めた。これからすること。はじめにあなたの待遇を変えさせるわ。この国の上役には顔が利くもの」


「ええ!大丈夫でしょうか?」


「じゃないと私が困るもの。お茶の度に血を吹かれてしまってはいちいち拭くのも大変だし」


「それはどういう?」


「あなたの身にこびりついた呪いを私が解くために、私はかなり研究する必要がある。だから今後、あなたには私の傍仕えとしてしばらく行動を共にしてもらうことにした」


「なんともはや。そこまでお手を煩わせてしまい申し訳ありません」


「謝らないでいいから。これは私の、ある種贖罪のようなものだし。だから気にしないで」


「改めて、よろしくお願いします、天使様。それと、頬にクリームが付いてしまっていますよ?」


そういうとカグヤは、血まみれの笑顔で私の頬についていたクリームをぬぐった。


なぜだろう、私には彼の笑顔が酷く懐かしいもののような、郷愁にも似た感覚が胸を撫でていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

塔の天使、星の悪魔 @wararawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ