第18話 傍に ※山崎烝side
物語は少し遡る……
俺は土方さんの命で、戦場で逃げ遅れた隊士達を連れて大阪城へ向かっていた。
やがて、前方の林から戦っているらしい音が響いてくる。
追い付いたみたいやな……
「?」
その時だった。
木々の隙間から、ほんの一瞬だけ蒼い光が見えた気がしたのは。
まさか……いや、あり得へん。副長も戦に彼女は出さないって……ここにおるはずがない……
気のせいやろ……けど……
誘導してきた隊士達に向き直る。
「ここからは此方の道を進んでください。林の中はまだ戦闘が終わっていませんから」
「あ、ありがとうございます。でも、山崎さんは?」
「俺はまだ誘導する隊士がおりますので」
隊士達を安全な道へ送り出し、林の中へ駆け込んだ。
――――カンッ
――――ドォンッ
林の中で戦う人影は砲撃を避けつつ敵兵を次々に斬り伏せていく。木々のせいで視界が悪い。だが、近づけば近づくほど戦っている人影が鮮明になってきた。
あれは……!
何で……何で小夜ちゃんが戦っとるんや!?
その時、
「っ……!」
突然小夜ちゃんがよろめき、膝をついたのが見えた。
あかん、労咳の症状が出とるんか……!?
敵も小夜ちゃんの異変に気付いたようだ。
あぁ……俺はまた守れないんか?
小夜ちゃんの命が危険に晒されとるのに、また俺は何にもできへんのか?
俺は……
刀を手にした敵兵が小夜ちゃんに迫っている。流れる汗を拭うことも忘れ、もつれそうなほど疲労した足を、ひたすら前に前に踏み込む。
間に合え……間に合え……っ!
小夜ちゃん―――……!
次の瞬間、全身を走る痛み。だがそれを感じたのは一瞬で、俺の意識は闇へ落ちていった。
「烝くん……!」
次に目を覚ましたのは寝台の上だった。
なんや、床がゆらゆら揺れとるな。めまいか、それとも、船、か?
愛しい彼女の声がした方を見れば、自分も怪我をしているくせに俺のことを心配そうに覗き込む小夜ちゃん。
「良かった、無事やったんやな……」
「烝くん……ごめん……ごめんね……っ」
「何で、謝るん?」
そや。何で謝るん?
俺は、小夜ちゃんが無事やてわかった今、めちゃくちゃほっとしてるんやけど。
俺、間に合ったんやな。
小夜ちゃんを守れたんやな。
「俺は……小夜ちゃんを、妹みたいに思っとるんやで……妹を、守りたい……思うんは、当たり前……やろ?」
……嘘や。
妹なんて、そんな風に思ってたのは昔の話。俺は……
俺は……もうずいぶん前から小夜ちゃんを一人の女性として見てた。
好いた女子を守りたいのは当然やろ
「烝くん……私を、一人にしないで……」
あかん。俺が最期に見る小夜ちゃんが泣き顔になってしまう
何言っとるん。
小夜ちゃんは一人やないで。
俺が守るって決めた小さな女の子は、今はもうたくさんの仲間や友達に囲まれとる。
俺がいなくても大丈夫や。せやけど……
「小夜ちゃん……笑って……」
できることなら、最期はやっぱり笑顔が見たかった。
「笑えない、よ……」
優しいなぁ、小夜ちゃんは
「烝くん……大好きだよ……」
それはきっと、俺の“好き”とは違う“好き”
「俺もやで。俺も、小夜ちゃんが大好きや……」
俺の“好き”は伝わるんかな。伝わらへんやろな。
まぁ、えぇよ。それでも。
手を伸ばすと全身がギリギリと痛む。
あーあ、俺の身体、もうあかんな。
はああ~、沖田さんが羨ましい。なんか癪やなぁ。
今すぐにでもあの人んとこ行って、あのへらへらした横っ面いっぺんひっぱたいてみたいわ
『もし小夜ちゃんを悲しませるようなマネしたら、俺が容赦せぇへん!』ってな
なぁ小夜ちゃん。俺は後悔なんか一欠片も無いで。
好いた女子を守って死ぬなんて格好えぇやん。
俺が守るって決めたのにもう傍におれんくて、ほんま堪忍なぁ
小夜ちゃんの姿が段々と、ぼやけていく。
『烝くん』
小夜ちゃんがいれば笑うことができた。
小夜ちゃんを守りたいと思ったから強くなろうとした。
俺が小夜ちゃんを救ったんやない。俺が小夜ちゃんに救われてたんやで。
小夜ちゃん。大好きや。ずっとずっと、大好き。
――――するり
小夜の頭に置かれていた手がすとん、と寝台の上に落ちた。
「烝くん……?」
山崎の目は既に閉じられていた。
だがその表情は、傷の痛みに歪んだものではなく……
穏やかな笑顔だった。
浅葱猫の猫 ちひる @chr18
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