欠片を紡ぐ

アトリエ

『偶像描き』

 物語の最期を観測してしまう事を酷く嫌った。

 昔から終わりに対する恐怖心が人一倍に強い質だった。

 寝入りの前に母親が読み聞かせてくれた絵本も、巻末へと進むに連れて胸の内がざわめく思いに苛まれいっこうに寝付けなくなる事が多かった、と聞かされた。


 終わりを嫌う理由についての心当たりは、多くの自問自答の内で見出した。

 依存心の強さこそが終わりへの嫌悪に繋がっている、それが結論である。


 遠い日の記憶。

 曖昧な輪郭のその遊具は、夕陽の逆光で真っ黒なシルエットを成している。コンクリート製の多目的な滑り台であった気がする。よく物語などに登場するお城の離れの塔を模した形状をしていたのも朧気だが憶えている。

 黒い円筒形の方から誰かの声が呼んでいる。

 声の方へと歩を進めようとするものの、足が動かない。いや、全身の自由が利かない。恐らくこの身体は自分のモノではない。この視界はこの身体の主のモノなのだろう。

 心が、ざわめいた。


 起き抜けに見た枕もとの時計は午前四時を少し回ったところだった。

 覚醒が十分でない頭は再びの微睡を所望し、それに抗う気もなく容易に意識を手放した。


 どこか懐かしくも、奇妙な程に主体性のない夢が続いた或る日の事、SNSアプリのとあるグループへの招待通知が届いた。

 成人式を境に学生時代の旧友たちとの交流は意識した訳でもなく、忙しなさの中で自然と途切れてしまっていた。そこへ同窓会に関するグループへの招待。ここのところ頻発する奇妙なあの夢の事もあってか、それともただ単に懐かしさに感けてなのか、気付けば同窓会のグループへの招待を承認していた。

 その夜、またあの夢を見た。


 都市部への憧れが無かった、と言えば嘘になる。

 田舎と呼べる程に何もない訳ではなく、かと言って不便しないかと言われればそれもまた違う。そんな中途半端な場所であったからこそ、一刻も早く抜け出したく思っていた。

 高校を卒業してすぐに東京の情報処理系の専門学校に進学を決め、家を出た。それからはずっと東京暮らしを続けている。都会の生活にもだいぶ慣れ、初めの頃に感じていた得体の知れない高揚感はすっかり抜け落ちて久しい。

 都内であればどこに住んでいようとも交通に関する悩みとは無縁であり、今の職場への通勤時間は三十分もしない。現場によってはその限りではないが、現場が都内であれば似たようなものだ。

 納期が迫っていれば終電帰りも珍しくない業界だが、幸いにも最近の現場は終電コースとは無縁でいられることが多い。仕事への不満は人並みかそれ以下。日本の平均値で見た時、自分はかなり恵まれた生活を送っているのだと思う。


 同窓会の日取りが決まってからの期間、同窓会をどこか楽しみにしている自分がいる事に気付き、驚いた。凡庸で平坦で、特にこれといった不満もない日々を送り続けている人生にどこか辟易としていたのかもしれない。


 夢の中の声が次第に大きくなっているように思える。

 初めて見た際は夕陽に眩んだ遊具がそうであるように曖昧な印象を受けていたが、最近はその声が明瞭に聞こえてくるようになっていた。そして、その声が何を告げているのかもわかって来た。

 約束――前後の言葉はまだ曖昧だが、この単語だけは確かに聞き取れた。


 数年ぶりに戻ってきた地元の駅前は、記憶にある姿よりもずっと華やいで見えた。実際、開発が進んでいるのだろう。見覚えのない背の高い建物が幾つか増えている。黒くなったガムが散見されていた路面も、今は色彩鮮やかなタイルが敷かれ、吐き捨てたガムや燻った吸い殻なんかとは無縁に見える。

 ほんの少しの物寂しさに肩を竦めて歩き出そうとした時、最近よく耳にしていた声に呼ばれた。


 遠い夏の記憶である。

 あの頃の時分、一番に仲の良かった友達と夕暮れの公園で約束をした。

 彼は父親の仕事の関係で引っ越してしまう。今日が別れの日だ。

 今生の別れであるかのように思えているのだろうか、お互いに涙を浮かべている。

 約束だよ――ずっと親友でいよう。


 心が、ざわめいた。

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