3.

 このキャンピング・カーには、睡眠のための空間スペースが二箇所ある。

 運転席上部のバンク・ベッドと、車両最後部にあるリア・ベッドだ。

 その他に、食事スペース(ダイネットと呼ぶ)のテーブルとソファを変形させれば、臨時の追加ベッドとして使うことも可能だ。

 リア・ベッドの横には折りたたみ式の机(あるいは小さなテーブル)が格納されていて、引き出せば勉強や読書、ちょっとした食事が出来る。

 バンク・ベッドが私の寝室でダイネットが仕事場、リア・ベッドは紗代子さよこの寝室兼勉強部屋にてていた。

 朝食の時間が終わると、紗代子さよこは、リア・ベッドに戻ってパーテーションがわりのカーテンを閉めた。

 朝食後にパジャマから普段着に着替えて机を出し、その上で勉強やら読書やら趣味のイラスト描きやらをするのが紗代子の日課だ。

 紗代子には、彼女専用のノート・パソコンと電子書籍端末、それに電子タブレットと電子ペンを与えてある。

 狭いキャンピング・カーだ。持ち物は最小限にしておきたい。紙という物質は案外と重く、嵩張かさばるものだ。電子書籍なら千冊以上がてのひらサイズに収まる。

 今年の春に中学を卒業した紗代子は、訳あって高校には進学していない。私と一緒に全国を旅して回っている。車体後方の自分専用スペースでパソコンや電子書籍を使い独学して一日を過ごす。

 一方、父親である私は、娘が独学しているあいだに運転して、車の外で取材して、帰って来てダイネットで記事を書く。

 その日の朝食後、インタビューまでの時間を利用して、ダイネットのテーブルに仕事用のノート・パソコンを置き、濡英うるはなこころに関する資料を再確認した。

 編集長からは、発光する未確認生物の他に、さり気なく濡英うるはな本人の引退生活について聞き出すように言われていた。

「むしろ烏賊イカなんかより、そっちの方をメインで頼む」なんていう無理難題を、編集長はメッセージ・アプリに平気で書き込んできた。「発光する巨大烏賊なんて、どうせ漁船か何かの見間違いだ。いつも通り『本当に実在するのだろうか? 未だ真相は闇の中だ』って感じで締めくくっておけば良いさ。それより謎のベールに包まれた大女優の引退生活の方が、よっぽど読者の関心を引く」

 いやいや、おたくの雑誌はオカルト専門で、芸能ゴシップじゃないだろう……と返信したくなるのをこらえて、「できる限りやってみます」とタイプした。

 しがないフリー記者の辛さ。雇い主の意向には逆らえない。

「それから、濡英邸への訪問は、お前ご自慢のキャンピング・カーを運転して行けよ。大女優さまは例のCM動画をえらく気に入られたらしい」と、編集長が念を押す。それにも「分かりました」と答えてアプリを閉じた。

「十年も田舎町の豪邸に引きこもっていた往年の大女優が、何を思ったか今度はキャンピング・カーを乗り回す、か……天才芸術家の考えることは、庶民には分からん」私は思わず独り言を漏らす。

「まあ、最上級豪華仕様のキャンピング・カーだからな」あらためてキャビンの中を見回した。「それで気に入ったのかも知らん」

 私が所有し寝泊りしているこの車は、トヨタ・カムロードという車両をベースに、 キャンピング・カー専門メーカーが居住部分を架装したもので、そのメーカーのラインナップでは最上位のグレードだった。

 正規で買えば、イタリア製スポーツカー以上に値の張る代物だ。

 マイナー・オカルト雑誌の三文ライターである私が何故なぜそんな超高級キャンピング・カーを所有しているのかといえば、メーカーが募集していた一般モニターに気まぐれで応募し、見事に当たってしまったからだ。

 それは『半年間モニター貸し出しの後、同車両を無料で差し上げます』という豪気な企画で、最高級仕様のキャンピング・カーを私はびた一文も払わずに手に入れてしまった。

 モニターの応募条件は三つ。


1、半年のモニター期間中に、毎月最低一回は家族でキャンプに行き、レポートを書いてメーカーに送ること。

2、モニター期間終了後、アンケートに答えること。

3、ネット配信用のCM動画に家族で出演してキャンピング・カーの素晴らしさを訴えること。

 

 素人がCM出演なぞ小っずかしくて嫌だったが、結局、物欲には勝てず、メーカー側の条件を飲んでモニター契約にサインをした。

 紗代子も最初は嫌がっていたけれど「台詞を言うのは私だけで、紗代子は後ろの方でそれらしく振る舞ってくれれば良い」と言って、どうにか納得してもらった。

 その結果、彼女の美少女っぷりがネット界隈でちょっとした騒ぎになったのは前述の通りだ。

(それにしても、縁とは不思議なもんだ)

 ノート・パソコンに映る濡英うるはなこころの顔写真を見ながら思った。

 未確認生物を目撃したかつての大女優……彼女は、私がたまたま素人出演したCM動画を見てキャンピング・カーに興味を持ち、「車を見せてくれるなら独占インタビューに応じても良い」と編集部に言ってきた。

 結果、私がインタビュアーに選ばれた。

 さっきは「これで本一冊書けるかもしれない」と娘に冗談めかして言ったが、それに関して、実は、割と本気で皮算用をしていた。

 今回の案件について本心を言えば、私も編集長と同じ意見だ。

 この記事の目玉は、まず間違いなく『発見者が引退した大女優』という点にある。

 実在するかどうかも分からない新種の生物なんぞより、往年の大女優の暮らしっぷりの方がはるかに読者の興味をそそるのは間違いない。

 問題は、どうやって『未確認生物UMA』の話から『濡英うるはなこころの私生活』へ、インタビューの話題テーマを誘導していくか、だ。

 引退したとはいえ相手は天才肌の芸術家、下手に話題をらして御機嫌をそこねたら元も子もない。

 表向きは、あくまで彼女が目撃したと主張するUMAの取材に来た、というていよそおいながら、さり気なく私生活を聞き出すしかない。

 そんな難易度の高いインタビューをやるために、これから私は大女優の邸宅を訪れる。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、楽をしては金も名誉も手に入らない……分かってはいるが、神経を擦り減らすようなインタビューになるかと思うと、胃がキリキリ痛む。

(万がいち彼女がヘソを曲げて御破算になっても、こっちが失うものは何も無いさ)と、インタビュー前から自分自身に慰めの言葉をかけてみる。(ガセネタを掴まされて無駄足を運ぶことには慣れているだろ。最初から縁が無かった案件だと思えばプラスマイナス・ゼロだ)

 しかし、胃の痛みは収まらない。

 逆に、成功した場合の未来を妄想してみた。

「単行本を出すとしたら、タイトルは……そうだな……『大女優は見た! 大海原に浮かぶ謎の発光物体! 濡英うるはなこころ、独占インタビュー』って感じか」

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ライダー少年と三つのしもべ 青葉台旭 @aobadai_akira

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