星の王子様、頑張る! 後編

阿井上夫

七月六日

第三十三話 午前五時 治安維持軍

 通常、惑星の生活時間は「その星の自転速度」にあわせてローカルに設定される。全天標準時間を使うと、実際の日の出や日の入りとの誤差が激しく、日常生活に支障が出るからだ。

 その点は、惑星IHAD〇五四三Dも同じである。惑星の自転速度が全天標準時間の一日に比べて「二分十三秒」ほど早いので、その差が累積すると星の住民と来訪者との間に昼夜逆転ほどの時差が生じることになる。

 そのため、惑星にとっては早朝の時刻であっても、治安維持軍第三百二十五方面統括本部第三百二十五艦隊司令官のマクシミリアン少将にとっては、昼の休憩が終わった後の集中が途切れやすい時刻だった。

 治安維持軍は、全天標準時間を厳密に守って行動している。作戦遂行中の戦闘速度による相対論的時差や、虚数空間航行時の微細な転移誤差も、いちいち補正されている。

 また、各艦から送られてくる定時報告も時刻を設定して自動送信されており、微細な誤差もない。それゆえ、作戦艦隊の規律を知るための手段にもなる。


 その時、マクシミリアン司令官は報告に目を通していた。


 最小構成とはいえ、総数百一隻の艦隊である。また、定時報告とはいえ、ひとつひとつはそれなりに量がある。有事の最中でなければ日に二回、午前四時と午後四時にテンプレートに従って報告書が自動生成されるので、送信側にさほど事務の手間はかからない。

 しかし、「それに目を通す」という行為は自動にはならない。それに通常時は見るべきものが殆どないから、大半の艦隊司令官は斜め読みするだけに留めていた。

 だが、マクシミリアンは決してそのような粗略なことはしなかった。

 無論、細部まで読み込むつもりは彼にもなかったものの、ある程度の注意を払って毎回目を通す。その時も彼は背筋を伸ばし、眼前に表示されたディスプレイを見つめており、副官のエルマはそんな彼の姿を横目で見ながら、同時に惑星IHAD〇五四三Dの通信傍受を行っていた。

 管理者の伊藤からも同じように定時報告が行われていたが、

「協力者であっても、相手の言を百パーセント信用するな」

 というのがマクシミリアン司令官の口癖である。

 エルマは艦隊運用に特化したHIMだったが、治安維持のための広域管理機能もプラグインに含まれている。そのため、伊藤の報告に齟齬がないかどうか、限定されたものではあったがチェックすることは出来た。

「下の様子はどうだ?」

 惑星の地表面を「下」と表現するのは、宇宙船乗ふなのりの癖である。

 エルマは通信傍受のリソースを一割ほどマクシミリアンに割り当てて、言った。

「市民の間では、王子におめでとうと言おう、時間を守って投票しよう、という声が聞こえるぐらいです。住民投票に批判的な意見はありません。実に平和ですね。これで王家が覆るのであれば、治安維持軍の査察も必要ございません」

「民心とは意外にあっけないものだな。出撃前に聞いていた話とはかなり違う。国が倒れるというのはこんなにも簡単なものなのか」

「王家の否認手続きが法律で定められている上に、百人が同意すれば承認されるということですから、どうして今まで続いてきたのか、そちらのほうが不思議です」

「確かにな。よほど歴代の国王が優秀だったか、あるいは人畜無害なほどに無能だったか、そのいずれかだろう」

「司令官はどう思われますか?」

「ふむ――現在の状況だけ見たら『人畜無害なほど無能』とする側に一票投じたくなる。この、虚数空間門を抑えられた状況下で、自前の防衛力を持たない国家が、一体どうしようというのか」

「まあ、そうですわね。しかし、納得なさってはいないようですが」

「ああ、そうだ。私は全然納得していない。彼らが何をしようとしているのか全く見当もつかないが、何かしてくるであろうことだけは分かる」

「論理的ではありません」

「そうだな。これは長年治安維持軍勤務を続けてきた私の、勘のようなものだからな」

「勘――ですか」

「ああ、勘だ。なんだか思いもよらないことをしでかしそうな気がする。例えば、虚数空間門を抑えられた状態で外部に応援を求めるには、どうしたらよい?」

「はい。通信手段のことを指しているのであれば全天に向けて緊急救難信号を発する方法があります。ただし、これはいくら早くても限界です」

「他には」

「物理的な手段であれば、独自に虚数空間航行が可能な艦艇を使用することが考えられますが、その点は事前に確認済みです。軍をもたないあの星には軍艦並みの機動力を持つ艦艇もありません」

「寄港している艦艇ならどうかね」

「それも事前に確認しておりますが、宇宙港の登録データにそのような船はありませんでした」

「では他に手段はあるかね」

「かなり強引な手段ですが、統合政府に対して宣戦布告するという手段があります。その場合、治安維持法に基づいて、公共インフラに該当する設備の使用権限は強制的に全面解放されます」

「その通りだが、しかし今回の惑星IHAD〇五四三Dの場合、その宣戦布告の権利がない。単一国家の暴走を避けるため、宣戦布告は少なくとも二つの国家による共同宣言である必要がある」

「となりますと、他の手段というのは思いつきません」

「まあ、そうだな」

 そこでマクシミリアンは考え込む。

 エルマは待つ。しばらくすると、マクシミリアンはこう言った。

「ところで、彼らの先祖ががこの星に来る時に使った船は、今どうなっているのかね」

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