蝉時雨
みよしじゅんいち
蝉時雨
祖父、
「花火か。面白いよね。光と音の時間差で距離を求める問題とか、炎色反応とか」
目の前の花火には興味ないのかな。何だか分からないが、高村らしいなと思いながら「金魚すくい得意なんだ。見てて」と大きな黒い出目金をすくってみせた。「ほら上手いでしょ」と振り向いたら、高村はいなくなっていた。神出鬼没なところがまた高村らしかった。
そんなに欲しい訳じゃなかった出目金を持って家に帰ったとき、祖父は裏木戸の前に倒れて冷たくなっていた。
火葬場の窓から入道雲が見えた。雲の形が変わるのを眺めていて思い出した。祖父の背中には弾丸の欠片が埋まっている。小さいころに触ったことがあった。背中の一部がコブのように柔らかく膨らんでいて、押すとその芯がグリグリと動いた。痛くも痒くもないらしい。「取り出さないの?」と聞いたら「もういいんだ」と祖父が応えた。祖母が笑いながら「戦争から何十年も経ってるからね。味方から撃たれたんだか、逃げ出すときに撃たれたんだか知らないけど」と言った。祖父は黙っていた。
「こちらまでお越しください」火葬場の職員の呼ぶ声で我に返った。蝉時雨が聞こえる。お骨を拾うときあの弾丸が落ちていないか探してみたが、見つからなかった。
それからは頭がひょうたん型になるくらい、鉢巻を固く締めて勉強した。地獄のドリルは最初の頁が零点だった。答え合わせのとき、バツひとつにつき自分の頭を一発殴るというルールを決めて勉強した。ひょうたん型の頭がコブだらけになったが、少しずつ解けるようになった。最後の方は満点だった。
入試当日。八十島高校の試験会場に高村が現れなくて不安になった。しばらくして合格通知が届いたが、風のうわさで高村は町内の(ぼくとは別の)
祖父の一周忌。重い水桶と掃除道具を持って坂を登る。よりによって水桶をつかんだ指を蚊に刺された。汗が目に入る。こんなことなら留守番しておけばよかった。祖母が花束を抱えて僕の後に続く。祖父の墓の前に誰かいる。背の高い、知らないおじいさんと高村が一緒だった。何の用だろう。立ち止まっていると祖母に何しているのと腕を引かれた。祖母がおじいさんの方に声をかけた。
「小野義孝のお知り合いですか?」
「ご家族の方ですか。失礼しました。小野さんは恩人なんです」
「恩人?」
「はい。新兵時代にお世話になりました。ずっとお礼に伺わなくてはと思っていたのですが、間に合いませんでした。高村と申します」
「そうでしたか。小野義孝の家内でございます」
高村ということは高村のおじいちゃんなのだろう「ほらご挨拶しなさい、和泉」とぼくの知っている方の高村に声を掛ける。
「お悔やみ申し上げます。高村和泉と申します。祖父がお世話になりました。祖父は最近ブラジルから日本に帰ってきたんです」
高村に会うのは卒業式以来だった。祖母の前なので仕方ないかもしれないが、他人行儀な高村は何だかぼくの知らない人みたいだった。
「ほら、お前も」と祖母が促す。
「あっ、はい。ええと、
「それでその、恩人というのは、どういう」と祖母がたずねる。
「戦地で私が撃たれそうになったとき、助けてくれたんです。そのせいで小野さんの方が撃たれてしまったのですが」
「そうでしたか。存じ上げませんでした。そうですか、あの人が」と祖母が声を詰まらせる。
「あっ。もしかして、背中の弾丸」とぼくが口を挟む。
「弾丸ですか」
「はい。祖父の背中に埋まっていたんです」
「そのときのもの――かもしれませんね。ずっと埋まっていたのですか?」
「はい。火葬場で探したんですが、なぜだか見つかりませんでした」
「ふうむ」
「327.5℃」とつぶやくように高村が言う。
「えっ?」とぼくが反応する。
「鉛の融点」
「というと」
「溶けちゃったんじゃない。火葬の熱で」
「あっ」
「それか低沸点の化合物が出来て蒸発しちゃったのかもしれない。鉛の炎色反応って覚えてる?」
「ええと。薄い青?」
「火葬炉の中で薄青く光ってたかもしれないね、消えた弾丸。誰も見てないけど」
「なんだ、お前たち知り合い同士なのか?」と高村のおじいちゃんに悟られた。「さあ、掃除するぞ」
「八十島高校に進学するんだとばかり思ってた」と草を抜きながら高村に話しかける。
「小野君こそ、
「えっ?」
「風のうわさって当てにならないみたいだね。大学はどこに行くの?」
「まだ決めてないけど」
「決まったら教えてね」
「えっ。それってどういう......」
「......」
蝉時雨が聞こえる。聞いていなかったが、蝉は鳴き続けていたのかもしれない。
「ほら、お前たち、何しに来たんだ。手が止まっているぞ」と高村のおじいちゃんが言う。墓を水で洗いながら、高村の台詞の意味を考える。抜いた草や枯れ枝を集めて新聞紙に火をつける。墓に線香を供えて皆で合掌する。(じいちゃん、ごめん。さっき留守番してればよかったって思ったの取り消す。いま高村が生きているのも、もしかしたらじいちゃんのお陰なのかもしれないね。ありがとう)
「では、帰りましょうか」残り火を残り水で消して、祖母が言う。
「ところで、兼輔君は八十島高校なんですか」高村のおじいちゃんがきく。
「ええ、そんなに頭はよくないはずなのに、なぜだか頑張ってしまったみたいで」
「いや、残念。うちの和泉も八十島に行くはずだったのですが、直前になってなぜだか志望校を変えてしまったみたいで」
「もう、やめてよ、おじいちゃん」
「えっ。それって、どういう……」
「知らない」
帰り道。入道雲と蝉時雨。なんだか分からないが、人生もういちどくらいは努力してみようと思った。
■
この話は、お題を決めて複数人で小説を書く会「小説を書くやつ」で決まったテーマに則って書かれたものです。
第1回のテーマは、ランダムで出てきた3つの四字熟語「高校入試・硝煙弾雨・他人行儀」でした。
蝉時雨 みよしじゅんいち @nosiika
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