水泡歌

第1話 鏡

 この町の人々は自分の顔を知らない。


 鏡はもちろんのこと、水もガラスも加工されていて顔が映らなくしてあるのだ。


 旅行に行くことも禁止されている。


 なのでこの町の人々は一生自分の顔を知らずに生きていくのだ。


 この町はけっして科学が遅れているわけではない。テレビもあるしパソコンだってある。


 女性は化粧などしない。鏡がないからできないのだ。


 今まで何年もこうして人々は暮らしてきたがある日、1人の少年が気付いてしまった。


 何でぼくたちは自分の顔を知らないんだろう、と。


 少年はこのことを学校のみんなに言った。


 みんなは少年の話を聞き、はじめてそのことに気が付いた。


 子供たちは大人たちに話した。


 大人たちも話を聞き、はじめてこのことに気が付いた。


 人々は政府に問いかけた。


「なぜ私たちは自分の顔を知らないんだ」、と。


 政府は言った。


「まだ、自分の顔を知るための道具をつくるほどこの町の科学は発展していないのです」


 人々は言った。


「テレビやパソコンはあるのにか?」


「自分の顔を知るための道具はパソコンやテレビをつくるのよりもつくるのが難しいのです。」


 人々は鏡などというものを知らない。ガラスや水に顔が映ると言うことも知らない。


 なので人々はその説明で納得してしまったのだ。


 しかし、その日の夜、テレビドラマのはじのほうに鏡が映されたのである。


 人々は驚いた。この道具は人の顔が映っているではないか。


 これがパソコンよりもテレビよりも難しいもののはずがない。


 その夜、人々は政府に問いただした。


 政府もいよいよ隠し通せなくなった。


 これで本当のことが知れる、人々が思った時だった。


 いきなり目の前で爆発がおこったのだ。


 外から何か声が聞こえた。


「あーあ。やっぱりだめか。この実験は失敗だな」


「やっぱりテレビもパソコンもあって鏡をなくすなんてむりだったんだよ」


「けど、この心のある人形が開発されてから実験が楽になったよなー」


 少年は言った。


「ボ・・クタチハ・・ニン・ゲン・ジャ・・ナカッタノ・・カ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水泡歌 @suihouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ