小指の先で繋がって
遊月奈喩多
第1話 重ねて、結んで
「ただいま~、りん!」
「おかえり、
夜遅い時間、夜のアニメを見ていると、彩菜ちゃんは少しだけお酒を飲んで帰ってくる。それで、1回わたしに抱きついてから、うがいをするために少し離れて、またわたしに抱きついてくる。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁ~、あぁ、やっぱり
「えぇ、恥ずかしいよぉ……」
「いいのぉ~、だってほんとのことだしぃ」
まるで綺麗な手を見つけた人みたいに頬擦りをしながらニヤニヤ笑う彼女の眼差しが、少しだけ据わったように輝いたら、それが合図。
そっと重ねられた唇がくすぐったくて、軽く開いた唇を更に押し開くように入ってくる舌は、とても温かくて、頭から全部痺れてしまいそうになる。
「……っ、」
「ふふふ、」
思わず声が漏れてしまうわたしを愛でるように笑う彼女の吐息がまたくすぐったくて、全身に鳥肌が立つような快感がずっと続いて、もうわたしたちのすることはそれだけ。
いつもわたしが流されて、彩菜ちゃんが楽しそうに、気持ち良さそうに笑っている。ただそれだけの、だけどとても満ち足りた時間が、わたしたちのすること。
彩菜ちゃんがわたしをかき混ぜて、わたしはそんな彩菜ちゃんの外側にずっと触れているしかできなくて……っ、キスが甘くて、全部真っ白で……!
指が触れたところから全身が甘く痺れて、わたしのなかの全部がこの人をほしいって求めて、何も考えられなくなるくらいに気持ちよくて……それで満足してしまうから、ついつい訊きそびれてしまう。
彩菜ちゃん、今日は誰とえっちしてきたの?
もちろん、こんなこと訊かないし、訊いたってとぼけられるに決まってる。でもね、わかるよ。
今日も、髪の毛から違うタバコの臭いがした。彩菜ちゃんはタバコなんて吸わないのに。今日のタバコは少し臭いがキツいみたい――昨日はもうちょっと甘めの、ううん、甘ったるくて吐き気がしそうな臭いだったのに。
きっとファンデーションで隠してるつもりなのかも知れないし、服着てしてるからバレないと思ってるのかもしれないけど、首筋のキスマ、すぐわかったよ? 彩菜ちゃんの香りとは違う、汚い臭いがするもの。
わかってるの、彩菜ちゃんがすっごくいろんな人を好きになる娘で、本当に、どうしようもないくらい流されやすくて、それでたぶん、すごくえっちが好きな人だってこと。
誰が本気とか、遊びとか、そういうことじゃないんだよね、きっと? きっとみんなに対して同じで、みんなに対して不誠実なんだ。
特別扱いで触ってもらえないよりは、ずっといい。それはわかってるのに、どうしてだろう、すごく、彩菜ちゃんから出てくる他の人の痕跡が、憎らしくて仕方ないの。
「ねぇ、彩菜ちゃん」
「……ん、」
ぐったりとベッドに寝転がっている彩菜ちゃんが、艶やかにも思えるくらい気だるそうに、わたしの声に答える。そんな彼女の無防備な姿を、どうして独り占めできないの?
わたしは、マグマのように溢れかえる気持ちを抑えながら、彩菜ちゃんに軽くキスして、呟いた。
「もしね、このふたりだけの時間がなくなったら、わたし死んじゃうかも」
「え、」
「なんかさ、地獄に堕ちた人の上に蜘蛛の糸が下ろされるお話あるじゃない? どうしてかわかんないけど、わたしって、あれに捕まってるだけみたいな感覚になるんだよね」
泣きそうな顔をしながら上体を起こしてくる彩菜ちゃんが、本当に可愛い。どうしたの、と尋ねてくる声が、本当に弱々しそうで。
きっと想像もしてなかったよね? 彩菜ちゃんは可愛くて綺麗で誰とでも仲良くなれる娘だから、誰かからこんなこと言われるのなんて、初めてでしょ?
でもね、彩菜ちゃん。
わたしは決して、彩菜ちゃんの言うような可愛くて純粋な娘じゃないの。むしろ今この瞬間も、どうしたらあなたを縛り付けられるだろう、って考え続けてるような娘なの。
だから、ね?
「彩菜ちゃん、わたし、不安になるの嫌だよ?」
わたしが掴まってる糸を、切らないでね?
あなたの上に垂れている糸も、絶対に。
「ごめん、ごめんね、凛。悪かったから、もうそんなこと言わないで……」
「約束だからね?」
とうとう泣き出してしまった彩菜ちゃんの頭を撫でながら、わたしは少しだけ笑った。可愛い可愛い彩菜ちゃん、自分は気分で相手を変えるくせに、面と向かって『そのせいで死にたくなる』なんて言われるのに慣れてなんてない、明るくて活発なくせに、自信がなくて怖がりな彩菜ちゃん。
きっとこの先も、彩菜ちゃんは変わらない、変われない。でも、きっとこれから彩菜ちゃんは、誰かとキスするたびに、誰かが彩菜ちゃんのなかに入ってくるたびに、キスの味が変わっちゃうようなものを口にいれるたびに、今日のわたしを思い出す。
思い出して、不安になるの。いつも明るくて何も考えていないようなあなたが、わたしのことを考えて、普段とは違う気持ちになるのなんて……それって、すごく特別なことじゃない?
「大丈夫だよ、彩菜ちゃん」
サラサラな髪……きっとこの髪にも、わたしの知りもしない誰かが触ったんだろうな……嫉妬のあまり、触れている部分を全部抜きたくなってしまった。
「彩菜ちゃんがわたしから離れないでくれてたら、わたしも彩菜ちゃんから離れないから」
いっそこのまま首を絞めてしまえば、彩菜ちゃんはずっとわたしの傍にいてくれるのにな……ふとそんなことを思って、笑ってしまう。
「だから、切らないでね、糸」
それだけで、わたしは満足だよ。
抱き締めた腕のなかで震える感触は、今この瞬間、確かにわたしだけのものだって感じられたから。
小指の先で繋がって 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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