第10話

 男はキッチンへ、向かう。

 氷を砕く音が部屋に、響く。

 女は再び目を、閉じる。

 男は一度ベッドの方向に目をやりそのまま、バスルームへ向かう。

 シャワーの湯音が部屋に、響く。


 女は目を、開けた。

 はっきりと目を、開いた。

 女はゆるりと指を、折る。

 次に足首を、曲げる。

 そして膝を、立てた。



 ――いける



 女は、知っていた。

 男は女の躯に触れたあと、必ずシャワーを浴びる。

 丹念に、丹念に――不浄物のついた箇所を丹念に洗い流し、その後酒を飲む。


 女はこの時を、待っていた。


 女には動く体力も話す気力も残っていないと男が油断するこの時を――ただひたすらに、待っていた。

 そろりと起き上がり床に、降り立つ。

 膝に力が入らず、ふらつく。

 しかし毎夜ひそかに動かし続けていた手足は思いの外、自由に動く。


 女はキッチンへ、向かった。

 風呂上りにと用意された氷の塊からアイスピックを、抜く。

 女は、考える。



 ――殺さなくていい

 私が服を着て部屋から出るまで足止めできればそれで、いい

 殴る力も首を絞める力も残っていない

 しかし……刺すだけなら

 首の後ろを刺すだけなら

 できる――



 女はベッドを見ることもなくバスルームへ、向かった。

 近付く湯音が女の激しく打つ鼓動を、打ち消す。

 女はバスルームのドアを、開けた。

 微かにカチリと、音がした。

 その音に男が、振り向く。

 その瞬間――女はたじろぎ、男は驚愕する。

 男が声を発しようと息を吸うその時間ほどが運命を、分けた。


 女は息を殺したまま男の目にアイスピックを、突き刺した。



(完)

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あなたと一つに 淋漓堂 @linrido

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