作家の宿命

夏目漱石、芥川龍之介といったごくひとつかみの者を除いたほとんどすべての作家は、本人が生きている間しか人々の心に存在しない、そういう宿命を担っている。


数々の実力派作家に与えられて来たことで知らぬ者のない「直木三十五賞」ではあるが、その直木本人の作品は現在まったく読まれていない。


つまり、完全に「過去の人」なのである。


少し前に創設された「渡辺淳一賞」も、数十年後にはおそらく似たような運命を辿るのではなかろうか、私はそう思っている。


作家は生きているうちこそが華、なのだ。


私がかつて編集者として関わったことのある作家に、T・T氏という方がいた。


なかなかに美男で恋愛経験も豊かな、少しエロティックな表現をも得意とする青春小説家、それが彼のパブリックイメージだった。


生前はいくつもの連載小説で人気を博し、一定数の読者層をつかんでいた。


しかし、亡くなって十年も経過すると、彼のことを語る者はほとんどいなくなってしまった。


「T・T? そんな作家いたっけ?」


と年若い世代には言われてしまうようになったのである。


私はそのように忘れ去られてしまった彼が、作家として特段不幸であるとは思わない。


亡くなった作家というものは、ごく少数の、教科書に載るような作家を除けば、大抵そういうことになるのだと思っている。


生きて書いている時でさえ、高評価どころかろくに存在を認識されることもない大半のアマチュア作家のことを思えば、少しでも世間に認められた時期があっただけでも、御の字というものだ。


私はそういう風に達観している。


そうして、承認欲求にいたずらに心を惑わされることなく、穏やかに日々の創作を続けていこうと考えている。(この項・了)

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Sunday Frivolous Talk(日曜閑話) さとみ・はやお @hayao_satomi

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