君がいてくれてよかった

「あたしはな、すげえひやひやしたんだぞ。奴の気がいつ変わってもおかしくはなかったからな」


 後に副団長はそう語った。いや、もう副団長ではないか。新しく団長に就任し、現在それはもう多忙に働いている。

 対し、僕はといえば休暇を言い渡されてのんびりまったりである。鯨の件で詰めに詰めて体に動きを叩き込み働いたのでそのためだ。

 だが仲間に資質について認められたものの、技能についてはまだまだ。だから訓練を積んでいると、凛雄に「休みが休みになってねえ!」と無理やり連れていかれる。


「どこに向かっているの? というか、なんで伊織さんまでいるの?」

「さあてな。伊織、言うなよー」

「うん。見てのお楽しみだもんね」


 伊織さんは知っているのか。

 適合者の居住地である地下を出ていくので、必要になる外出届は提出しているのだろう。突発的なものと思えば、用意周到である。


 久しぶりの太陽に息を漏らす暇なく車に乗せられる。本当にどこに向かうのだろうか。車に揺られていると、鮮烈に記憶にある景色が見えてきた。津波に襲われた被災地である。


「……帰ってきたよ」


 伊織さんのしみじみとした想いが吐き出される。未だ、彼女の親しき者は行方不明のままである。


 現状、彼女は不安定なのだろうと思われる。敵である鯨は斃され平静には見えるが、蓋然心中は穏やかではない。

 又、鯨の能力にて資質が平均的なものと示された。だが、一般的な適合者と成り立ちが異なるため、結局自分がどのようになっているのか気がかりになっているはずだ。


 それにしてもこの地にて何をするのだろう。お楽しみと言ったからには、ただこの被災地の有様を見に来た訳ではないはずだ。同様の理由で適合者の力を発揮し、自衛隊の助力をしに来たとかでもなさそうだ。


「着いたぞ。目的地だ」


 車が完全に止まったのは、とある学校の体育館。人が溢れかえっており、彼らの沈んだ顔につられて胸が苦しくなる。


「なんで僕をここに……」

「分からないか?」

「あの鯨を斃してなお、自信はついてないもんね……」

「力は発揮できるようになったからいいだろ」


 僕としても不思議であるが、本番だけでなくそれ以降も継続して能力は使えるようになった。圧倒的過ぎる力の制御に困っているという、新たな問題が発生していることになっているが。


「ここの人達はな、お前が救った命だぞ」

「鯨を斃したことで?」

「ああ。だが、それだけじゃあない」


 凛雄が歩いていく後をついていく。そして、一人の少年に邂逅することになった。


「あ、兄ちゃん!」


 ぶんぶんと大きく手を振り、駆け出してくる。兄ちゃんと言ったが、兄弟ではなさそうだ。あまりに似ていないし、親しみの感情は持っているものの距離感がある。


「よくやってるか?」

「なんとかな。苦しいけど、皆助けてくれる」


 影があるが絶望はしていない、日々を懸命に生きようとする表情だ。

 少年は凛雄と二言三言交わし、僕と伊織さんに目を向ける。彼女も初対面だったらしく、後に続いて自己紹介すると目を輝かされる。


「俺、知ってる。この声だ。なあ、俺、兄ちゃんに救われたんだよ!」

「えっと……?」


 意味が分からず首を傾げる。僕が救ったとは、鯨を斃した光景を見たことか? そんなことあるまいし。


 凛雄に解説を求め見遣ると、はあやれやれといった具合に呆れられる。なんだってんだ。


「勇哉くん……」


 彼女までもかよ。こんな少ない情報量でわかる方が少数派だろうに。

 凛雄が溜息を吐く。


「この子はなあ、津波のときにお前が救った一人だよ」


 救ったのは伊織さん一人だけだ。そんな僕に対し、少年は「聞いたんだよ!」と声を荒げた。


「津波だ、津波だって。確かに兄ちゃんの声だった。絶対に違わない。それで俺は速く避難することができたんだ」


 真っすぐ見据えた瞳に僕は臆した。語られる人は僕じゃない、誰かのことかもしれない。こんなに言ってくれる少年には申し訳ないが、僕が救ったとはあまりに思いもよらぬことだった。


「喜べよ、勇哉。なんならもっと証人に来てもらうか? お礼を言いたい人はまだまだいるからな」


 口では言うが、目ではそれは勧めはしないと訴えていた。

 僕は津波の際、大勢を救おうと駆け回った。そのとき無意識ではあるが、適合者としての能力を使って常人にはできないことをしていたと思われる。でもなければ苦しくはあるが、ああも持久力は続かなかっただろう。


 適合者の存在を、一般人には知られてはいけないと決められている。人類の存亡にかかわっているし、そんな取り決めがなければ僕は七年も独り悩むことはなかった。だが極秘とされている以上、察されることさえも避けるべきであろう。


「……ねえ、本当に僕が?」

「俺が自ら調べたからな。間違いねえよ。ほんと、疑うなー」


 凛雄曰く、津波のときの話を聞いて、伊織さん以外に誰も助けられなかったとは思えなかったそうだ。いくら時止まりが起こっていたとはいえ、海からまだ離れている位置ならば、いたとしてもおかしくはない。逆にいない方がおかしかった。


「まさか、僕が本当に……」


 つい一筋の涙を流してしまったのは、後に恥ずべきこととして一生残った。

 だが、ことときは止められようもなかった。それほどまでに救えたという事実は切望していたことだった。ヒーローになるための大事な要因で、だから鯨を斃しに行くとしたのだから。


「私はずっとヒーローだって思っていたけどね」


 僕がついヒーローの言葉を漏らしたときからそうだったという。


「一つだけ聞いてもいい?」伊織さんが言う。

「いいよ。なに?」

「律と並んでいる中、どうして私を選んだの?」

「理由なんてないよ。あえて言うなら、目が合ったから」

「ほら、やっぱり」


 彼女は満面の華のような笑みを浮かべた。


「あなたは最初っからヒーローだよ」


 僕はきっと、ヒ―ローじゃない。そう思っていた。

 過去形にできるのは君のおかげだろうな。


「僕も一つ、聞いてもいい?」

「なあに」

「名前で呼んでもいいかな」


 ぱちりと瞬きをし、「いいよ」と目を細めた。


「美桜、ありがとう」


 僕はこの先もヒーローであり続けてみせるよ。

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僕はきっと、ヒーローじゃない 嘆き雀 @amai-mio

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